名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2019年04月

思ひやれ 真木のとぼそ おしあけて 独り眺むる
秋の夕暮れ        
                  後鳥羽院
              
(おもいやれ まきのとぼそ おしあけて ひとり
 ながむる あきのゆうぐれ)

意味・・想像して欲しい。真木の戸を押し開けて、
    独り物思いにふけりながら眺める秋の夕暮
    のわびしさを。

    承久の乱(1221年)によって隠岐(おき)に配
    流された無念の気持を詠んでいます。

 注・・真木のとぼそ=杉やヒノキなどで作った戸。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。82
    代天皇。承久の乱で鎌倉幕府に破れ隠岐に配
    流された。

出典・・遠島御百首(岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」)

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも
なしと思へば
                  藤原道長
            
(このよをば わがよとぞおもふ もちづきの かけたる
 ことも なしとおもへば)

意味・・この世の中は自分のためにあると思う。  
    今宵の満月が欠けているところが無いように、
    自分も不満が全く無いことを思うと。

    栄華を極めたわが思いを満月にたとえた王者
    の風格を詠んだ歌です。
    
 注・・望月=満月。

作者・・藤原道長=ふじわらのみちなが。966~1027。
    摂政太政大臣。藤原氏の最盛期を築く。
 
出典・・小右記(しょうゆうき) (笠間書院「和歌の解釈
    と鑑賞辞典」)

鳴き弱る 籬の虫も 止めがたき 秋の別れや 
かなしかるらむ
                紫式部

(なきよわる まがきのむしも とめがたき あきの
 わかれや かなしかるらん)
 
詞書・・その人、遠きところへ行くなり。秋の果つる
    日来たるあかつき、虫の声あはれなり。

意味・・垣根のキリギリスの鳴き声が弱まっている。
    それにつけても秋の別れを止めることは出来
    ないものだなあ。

    秋の虫の鳴き声が弱まって、秋も終わろうと
    している寂しさを詠んでいます。
    なお、題意により、仲の良い友が遠くに嫁ぎ、
    別れの寂しさも重ねています。

 注・・籬(まがき)=竹や柴で粗く編んだ垣根。
 
作者・・紫式部=むらさきしきぶ。970~1016。
 
出典・・家集「紫式部集」。
 
 

1219


菊の香やならには古き仏達   
                    芭蕉

(きくのかや ならにはふるき ほとけたち)

意味・・昨日から古都奈良に来て、古い仏像を拝んで
    まわった。おりしも今日は重陽(ちょうよう)
    で、菊の節句日である。家々には菊が飾られ
    町は菊の香りに満ちている。奥床しい古都の
    奈良よ。慕(した)わしい古い仏達よ。

    重陽の日(菊の節句・陰暦9月9日)に奈良で詠
    んだ句です。菊の香と奈良の古仏の優雅さと
    上品さを詠んでいます。

作者・・松尾芭蕉=1644~1694。「奥の細道」、
   「笈(おい)の小文」など。
 
出典・・小学館「日本古典文学全集・松尾芭蕉集」。

1218


あしびきの 山田の案山子 汝さへも 穂拾ふ鳥を
守るてふものを
                  良寛

(あしびきの やまだのかかし なれさえも ほひろう
 とりを もるちょうものを)

意味・・狭い山間(やまあい)の田の案山子よ、お前までも穂を
    ついばむ鳥から稲を守るというのに、私は人々の役に
    立つ事が出来ないで情けないことだなあ。

    会社勤めも人々の役に立っています。

 注・・あしびき=山の枕詞。
    てふ=という。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川敏朗著「良寛全歌集」。

1216


いかなれば 秋は光の まさるらむ 同じ三笠の 
山の端の月
                 永縁

(いかなれば あきはひかりの まさるらん おなじ
 みかさの やまのはのつき)

意味・・どういうわけで秋は月の光がまさるのだろうか。
    同じように見る三笠の山の端の月は。

    人は調子の良い時も悪い時もあるが、調子が悪
    い時でも沈まず、焼けにならず、頑張っていれ
    ば必ず報われ良くなるということを暗示してい
    ます。

 注・・三笠の山=奈良市にあり月の名所。「三」に
      「見る」を掛ける。
    山の端=山の上部の、空に接する部分。

作者・・永縁=えいえん。1048~1125。権僧正。

出典・・金葉和歌集・202。

1104


滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて
なほ聞こえけれ    
                  藤原公任
          
(たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそ
 ながれて なおきこえけれ)    

意味・・滝の水の音は聞こえなくなってから長い年月
    がたってしまったけれども、素晴らしい滝で
    あったという名声だけは流れ伝わって、今で
    もやはり聞こえてくることだ。

    詞書によれば京都嵯峨に大勢の人と遊覧した折、
    大覚寺で古い滝を見て詠んだ歌です。

    後世この滝を「名古曾(なこそ)の滝」と
    呼ぶようになった。

 注・・名こそ流れて=「名」は名声、評判のこと。
       「こそ」は強調する言葉。
       名声は今日まで流れ伝わって、の意。
       
作者・・藤原公任=ふじわらのきんとう。966~1041。
    権大納言・正二位。漢詩、和歌、管弦の才を兼
    ねる。和漢朗詠集の編者。

出典・・千載和歌集・1035・百人一首・55。

img_1_m16

かぜやあらぬ 月日やあらぬ 物思ふ わが身一つの

荻のゆふ暮
                  慈円

(かぜやあらぬ つきひやあらぬ ものおもう わがみ

 ひとつの おぎのゆうぐれ)

意味・・風はないか、いや吹いている。月日は過ぎて
    行かないか、いやどんどん過ぎて行く。それ
    なのに私は、秋風が吹くのも月日がはかなく
    過ぎて行くのも気づかず、荻のそよぐ夕暮れ
    に一人じっと物思いに沈んでいる。

    本歌は、
    「月やあらぬ 春やむかしの 春ならぬ わが身
     ひとつは もとの身にして」です。
               (意味は下記参照)


作者・・慈円=じえん。1155~1225。天台座主。大
    僧正。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。

本歌です。

月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは 
もとの身にして      
                在原業平
           
(つきやあらぬ はるやむかしの はるならぬ わがみ
 ひとつは もとのみにして)

意味・・この月は以前と同じ月ではないのか。春は去年
    の春と同じではないのか。私一人だけが昔のま
    まであって、月や春やすべてのことが以前と違
    うように感じられることだ。

    しばらく振りに恋人の家に行ってみたところ、
    すっかり変わった周囲の光景(すでに結婚してい
    る様子)に接して落胆して詠んだ歌です。

出典・・古今和歌集・747。170929

1215

山守よ 斧のをと高く ひびく也 みねの紅葉は

よきてきらせよ

                源経信
               
(やまもりよ おののおとたかく ひびくなり みねの
 もみじは よきてきらせよ)

意味・・山守よ斧の音が高く響いている。山の峰の
    紅葉は避けて手斧で切るようにさせよ。

    紅葉の美しさを間接的に詠んだ歌です。

 注・・山守=山を守る人。山の番人。
    よきて=「避きて」と「斧(よき)」を掛ける。

作者・・源経信=みなもとのつねのぶ。1016~1097。
    正二位大納言。

出典・・金葉和歌集・249。


天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に
出でし月かも 
                 安部仲麻呂
          
(あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさの
 やまに いでしつきかも)

意味・・大空を遠く見晴らすと、あれは故国の春日に
    ある三笠の山に上った月と同じ月なのだなぁ。

    遣唐使として派遣され仲麻呂が、帰国する時
    に月を見て詠んだ歌です。
    月を見やる視線は、奈良の都で過ごした過去
    への視線です。  

 注・・春日=現在の奈良公園から春日神社のあたり。
    三笠の山=春日神社の後方にある山。

作者・・安倍仲麻呂=あべのなかまろ。698~770。
    遣唐使として渡唐。帰国出来ないまま唐土で
    没。

出典・・古今和歌集・406、百人一首・7。

れが身に故郷ふたつ秋の暮れ
                   吉分大魯
                  
(われがみに ふるさとふたつ あきのくれ)

前書・・国を辞して九年の春、都を出て一とせの秋。

意味・・故郷徳島を離れてすでに九年にもなり、その
    なつかしさは当然のことであるが、住み慣れ
    た京都を出て一年たった今となってみると、
    その京都へのなつかしさもひとしおのもので、
    秋の暮にしみじみと感慨にふけり、感じやすく
    なっている自分の心には、二つながらともに
    なつかしい故郷である。

 注・・秋の暮=秋の終わり、秋の夕べ。ここでは秋
     の夕べの意。

作者・・吉分大魯=よしわけたいろ。1730~1778。
    阿波国(徳島県)の藩士。俳諧を好み職を辞し
    て京都に上り蕪村に学ぶ。句集に「蘆陰(ろ
    いん)句選」
 
出典・・蘆陰句選(小学館「近世俳句俳文集」)

356

思ひかね そなたの空を ながむれば ただ山の端に
かかる白雲
                  藤原忠通
 
(おもいかね そなたのそらを ながむれば ただやまの
 はに かかるしらくも)

詞書・・近江守であった藤原顕輔(あきすけ)が遠い郡へ
    出かけた時に送った歌。

意味・・恋しい思いに堪えかねて、あなたのいる方角の
    空を眺めると、ただ山の稜線に白雲がかかって
    いるのが見えるだけです。
 
    今はどうしているかと安否が気にかかるので、
    行った方向を見ても分からない。今どうしてい
    るかと消息を教えて欲しいという気持ちです。
 
    一方、顕輔の立場としては遠く離れていても、
    思ってくれる人がいると思えば元気が出るもの
    です。

 注・・藤原顕輔=ふじわらのあきすけ。1090~1155。
     左京大夫・正三位。詞花和歌集の撰者。

作者・・藤原忠通=ふじわらのただみち。1097~1164。
     太政大臣・従一位。
 
出典・・詞花和歌集・381。

1214


沈黙の われに見よとぞ 百房の 黒き葡萄に
雨ふりそそぐ
                斉藤茂吉
 
(ちんもくの われにみよとぞ ももふさの くろき
 ぶどうに あめふりそそぐ)

意味・・悔しくても一言も発する事が出来ない状態で
    いる自分に向かって、「見よ」といわんばか
    りに、ぶどうの房が沢山ぶどう棚に垂れ下が
    っている。そのぶどうには、秋の雨がもの寂
    しく降りそそいでいる。
    
    沈黙せねばならぬ状態とは、例えば、
    仕事の不満や上司への愚痴を口に出したいが
    我慢をして口に出さない。
    また、仕事に失敗した時に言い訳をしない。
    この様に沈黙する時には言いたい事や叫びた
    い事が一杯あるのに、じっと我慢していなけ
    ればいけない。ぶどうを見るがいい、彼らも
    実にどっしりと垂れ下がって、雨に耐えて「
    沈黙」しているではないか。
    
 注・・沈黙=言いたい事があっても黙っている、言
     い訳をしない。悔しくとも沈黙する心情。
    黒き葡萄=黒く色づいたぶどう。一首全体に
     流れる重苦しい心情を表す。

作者・・斉藤茂吉=さいとうもきち。1882~1953。
    東京大学医科卒。伊藤左千夫に師事。文化勲
    章を受ける。「小園」。
 
出典・・歌集「小園」(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)

夕月夜 心もしのに 白露の 置くこの庭に
こほろぎ鳴くも 
              湯原王
               
(ゆうづくよ こころもしのに しらつゆの おくこの
 にわに こおろぎなくも)

意味・・月の出ている夕暮れ、心がしんみりするほどに、
    白露のおりているこの庭で、秋の虫が鳴いてい
    るよ。

 注・・しのに=しみじみと、しんみりと。
    こほろぎ=当時は今のコオロギ・松虫・鈴虫・
     キリギリスなど秋に鳴く虫を総称した。

作者・・湯原王=ゆはらのおおきみ。生没年未詳。奈良
    時代の人。志貴皇子の子。
 
出典・・ 万葉集・1552。

1212


帰り来て 見むと思ひし 我がやどの 秋萩すすき
散りにけむかも
                  秦田麻呂 

(かえりきて みんとおもいし わがやどの あきはぎ
 すすき ちりにけんかも)

詞書・・遣新羅使人(けんしらぎしじん)が佐賀県の唐津
    市から壱岐の島に向かう時、玄海の荒海を見て
    詠んだ歌。

意味・・都に帰りついて見る事が出来るだろうと思って
    いた、我が家の秋萩やすすき、あの花々はもう
    散ってしまっただろうか。

    順調に旅が進んでいたら、今は都に帰りついて
    見る事が出来たはずの秋萩やすすき。だが、
    対馬で病気が蔓延し遣新羅使の中にも病気にか
    かる人が出て旅が遅れていた。その不安を詠ん
    だものです。

 注・・新羅(しらぎ)=韓国東南部にあった国。736年
     6月に遣新羅使が出発。
    帰り来て=帰京した立場に身を置いての言い方。
    散りにけむかも=秋も半ばを過ぎた事を嘆く言
     葉。「に」は完了の助動詞。

作者・・秦田麻呂=はだのたまろ。生没年未詳。736年
     遣新羅使となる。

出典・・万葉集・3681。

大空の 塵とはいかが 思ふべき 熱き涙の
ながるるものを
                与謝野寛 

(おおぞらの ちりとはいかが おもうべき あつき
 なみだの ながるるものを)

意味・・大空に浮かぶかすかな塵のような自分だと、
    どうして思う事が出来ようか。熱い涙の流れ
    る我が身であるのに。

    広大な天地、悠久な時間からすれば、人間の
    存在は塵のようなものだ。しかし自分はそう
    はさせたくない。楽しい事も苦しい事も時が
    経ると消え失せるものなので、名が残る事を
    成し遂げたい。命を燃やし尽くして生きて行
    きたい。自分にはその情熱があるのだ。

    参考です。

    「楽も苦も 時過ぎぬれば 跡もなし 世に残る
    名を ただおもふべし」  (島津家の家訓)

作者・・与謝野寛=よさのひろし。1873~1935。号
     は鉄幹。明星を創刊して浪漫主義文学の
     運動の中心になる。慶大教授。「東西南
     北」「相聞」。


出典・・歌集「相聞」(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞」)


勢田の橋 その人とほく 去りて後 すてし扇を
見ほしがるかな 
                 橘曙覧

(せたのはし そのひととおく さりてのち すてし
 おうぎを みほしがるかな)

意味・・売れ残った扇は勢田の橋で捨てていたという池
    大雅が亡くなった後、その人の絵の価値を知っ
    た世の中の人は残念がって欲しがることだ。

   「池大雅」の題で詠んでいます。池大雅は南画の
    大家で、逸事奇聞が多く、売れ残った扇の画は
    瀬田の橋で捨てたという語り伝えが有ります。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。紙商
    の家業を異母弟に譲り隠棲。福井藩主から厚遇
    された。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


img115
                      山吹


都人 来ても折らなむ かはづなく 県の井戸の
山吹の花 
                 橘公平の娘

(みやこびと きてもおらなん かわずなく あがたの
 いどの やまぶきのはな)

意味・・都の人は遠くやって来て手折ってくださいよ、
    かわずのなく田舎の井戸(私の家)の山吹の花
    を。

 注・・都人=恋人をさす。「県」を地方・田舎に通わ
     せて用いたので添えたもの。
    かはづ=蛙。井出のかわづが有名。
    県の井戸=公平娘が住んでいる邸宅の名。名の
     知れた豪邸であった。
    井戸の山吹=有名な「井出の山吹」の類音でい
     ったもの。「井出」は京都府綴喜(つづき)郡
     井出町。かわずと山吹が有名。

作者・・橘公平の娘=たちぱなきんひらのむすめ。生没
    年未詳。940年頃の人。

出典・・後撰和歌集・104。

ながむらん 浅茅が原の 虫の音を 物思ふ人の 
心とを知れ
                 散逸物語
            
(ながむらん あさじがはらの むしのねを ものおもう
 ひとの こころとをしれ)

意味・・あなたが眺めているであろう浅茅が原で鳴く虫の
            音を物思いに沈んでいる私の心と御承知下さい。

    悲しく泣いている虫の音。それはあなたにつれな
    くされて泣いている私ですよ。可哀想とは思いま
    せんか。

 注・・散逸物語=散逸して現在は無くなってしまった物
     語。
    風葉物語=1271年に撰集された物語歌撰集。源氏
     物語、狭衣物語など、当時多く存在していた物語
     から撰ばれた。
 
出典・・風葉和歌集・295。

1211


あだし野の 心も知らぬ 秋風に あはれかたよる
女郎花かな
                藤原基俊

(あだしのの こころもしらぬ あきかぜに あわれ
 かたよる おみなえしかな)

意味・・あだし野に咲く女郎花よ、吹きつのる秋風に
    傾くお前の様子は、男の心にはすでに飽き風
    が吹いているのだが、そうとも知らず、男の
    徒(あだ)情けにほだされてゆく女の姿のよう
    に哀れではないか。

 注・・あだし野=京都市右京区嵯峨、愛宕山の麓に
     あった墓地をいう。「あだし」はあてにな
     らないという意を掛ける。
    秋風=「飽き風」を掛ける。
    女郎花=女性を連想させやすいので、女性を
     この花にたとえる。

作者・・藤原基俊=ふじわらのもととし。1060~1142。
    藤原道長の曾孫。従五位上左衛門佐(さえもん
    のすけ)。藤原俊成の師。

出典・・松本章男「京都百人一首」。

子の為に 残す命も へてしがな 老いて先立つ
否びざるべく
                 藤原兼輔
         
(このために のこすいのちも へてしがな おいて
 さきだつ いなびざるべく)

意味・・我が子の為にしてやれる残りの命も少なくなって
    しまった。年老いて子に先立つ事は逆らいようの
    ない事だ。
    我が亡き後、子供たちはどのようにして生きてい
    くことか。

 注・・へて=経て。時がたつ。
    否び=承知しない。断る。

作者・・藤原兼輔=ふじわらのかねすけ。877~933。
    紫式部の曽祖父。通称堤中納言。

出典・・家集「兼輔集」。

1209


おほかたの 秋来るからに わが身こそ かなしき
ものと 思ひ知りぬれ             
                   詠人知らず
                 
(おおかたの あきくるからに わがみこそ かなしき
 ものと おもいしりぬれ)
意味・・誰の上にも来る秋が来ただけなのに、私の
    身の上こそ誰にもまして悲しい事だと思わ
    れて来る。
    実りの秋、収穫の秋、清々しく気持ちの良
    い秋のはずなのだが。主役を終え一線を退
    いた者にしては、草木が枯れ始め寂しく、
    また厳しい冬が近づく事が、自分の身体に
    あわさって悲しく感じて来るのだろうか。
 注・・おほかた=世間一般。普通であること。
    わが身こそ=私の身の上こそ。「こそ」は
    「おほかた」の人の中でも自分一人が特に。

 出典・・古今和歌集・185。171105

法のため 此身は骨を 砕きても 粉河の水の 
心濁すな
                三条実隆

(のりのため このみはほねを くだきても こかわの
 みずの こころにごすな)

意味・・仏法の道を求めて自分の身は骨を粉に砕く
    苦労をするとも、その粉で清らかな粉河の
    水を濁すでないよ。

    これからの難行苦行に対する自戒の歌です。
    過ぎたるは猶及ばざるが如し、の気持を詠
    んでいます。

 注・・粉河=和歌山県那須郡粉河町。

作者・・三条実隆=さんじょうさねたか。1455~1537。
    内大臣。

出典・・歌集「再昌草」(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)


嬉しさや 大豆小豆の 庭の秋 
                     村上鬼城
              
(うれしさや だいずあずきの にわのあき)

意味・・嬉しいことだなあ、秋の収穫である大豆や
    小豆が庭一面に干し並べられているのを
    見ると。

    収穫までの行程は、種まきから草取り、施肥、
    土寄せなどと苦労をします。また、日照りなど
    の自然災害も乗り越えねばなりません。こうし
    た苦労の結果の収穫の喜びを詠んでいます。
    
作者・・村上鬼城=むらかみきじよう。1865~1938。
    耳疾に悩む。正岡子規門下。

出典・・村上鬼城句集。



1207

なけやなけ よもぎが杣の きりぎりす すぎゆく秋は
げにぞ悲しき
                   曾禰好忠
             
(なけやなけ よもぎがそまの きりぎりす すぎゆく
 あきは げにぞかなしき)

意味・・さあ、思う存分に鳴けよ。蓬が杣のきりぎりすよ。
    過ぎ去ってゆく秋というものは、しんそこ悲しい
    のだから、私も泣くからお前も鳴けよ。

 注・・よもぎが杣=蓬が杣。蓬が生い茂って杣山のように
     なっている所。「杣」は「杣山」のことで、植林
     した木を切り出す山の意。小さいきりぎりすから
     見て蓬を杣山に見立てたもの。
    きりぎりす=今のコオロギのこと。

作者・・曾禰好忠=そねのよしただ。生没年未詳。985年頃
    の人。

出典・・後拾遺和歌集・273。


昨日だに 訪はんと思ひし 津の国の 生田の森に 

秋は来にけり
                  藤原家隆

(きのうだに とわんとおもいし つのくにの  

 いくだのもりに あきはきにけり)

意味・・夏であった昨日にでも訪ねようと思っていた
    津の国の生田の森に、もう秋は来たことだ。

    夏の間に、近いうちに行こうと思っていた所
    が、気がつけばもう秋になってしまっている、
    という気持を詠んでいます。
 
 注・・津の国=摂津の国、大阪府と兵庫県の一部。
    生田の森=兵庫県神戸市生田にあった森。


作者・・ 藤原家隆=ふじわらいえたか。1158~1237。

    非参議・従二位。新古今和歌集の撰者の一人。

出典・・新古今和歌集・289。

1204


かにかくに 物は思はじ 朝露の 我が身一つは
君がまにまに            
                詠人しらず

(かにかくに ものはおもわじ あさつゆの わがみ
 ひとつは きみがまにまに)

意味・・ああだこうだと、もう物思いはしますまい。
    朝露のように、はかない私の命は、あなた
    まかせでございます。

    あれやこれやと思い悩む事を止めて、結論を
    あなたにまかせる。朝露のようにはかない命
    になるかどうかはあなた次第です。

 注・・かにかくに=あれこれと、いろいろ。
    朝露の我が身一つ=朝露のようにはかない
     私の命。消え入りそうな私の身。元気が
     なく気が滅入りそうな私。ふさぎ込む身。

出典・・万葉集・2691。

1203

一人買い 釣られ買いする 秋刀魚かな            
.                      桑垣信子

(ひとりかい つられかいする さんまかな)



意味・・美味しそうな秋刀魚を見て、買おうかなどうしょう
    かなと思っていると、横にいる人が手に取って買っ  
    て行った。私ももう迷わずに買った。

    スーパーでのタイムセールや香具師の叩き売り、
    はたまた、株価暴落時の投売り等の群集心理を詠ん
    だ句です。

作者・・桑垣信子=くわがきのぶこ。詳細未詳。
 

3224
岐阜城

見ればなど  心すむらん  村雲の  ひまゆく月は
のどけからぬを
                  慶運




(みればなど こころすむらん むらぐもの ひまゆく
 つきは のどけからぬを)


意味・・眺めていると、どうしてこのように心が澄み
    わたるのだろうか。むらがる雲の隙を流れ行
    く月はのどかと言う訳でもないのに。


    むら雲の間をあわただしく流れる月を見ても
    心が澄む、月光の不思議さを詠んだ歌です。


 注・・など=どうして、どういうわけで。
    村雲=群がっている雲。
    ひま=すき間、絶え間。


作者・・慶運=けいうん。1293頃~1369。和歌の

    四天王と称されていた。 


出典・・ 岩波書店「中世和歌集・室町篇」。

かかる瀬も ありけるものを 宇治川の 絶えぬばかりも
嘆きけるかな
                   藤原兼家
 
(かかるせも ありけるものを うじがわの たえぬ
 ばかりも なげけるかな)
 
意味・・このように嬉しいこともありましたのに、辛く
    て、宇治川ならぬ氏も絶えてしまうほどに、嘆
    いていたことです。
 
    前年大将を解任されて嘆いていたところ、翌年
    右大臣になった喜びを詠んだ歌です。
 
 注・・かかる瀬=このような、嬉しい折。右大臣にな
     ったこと。
    宇治川=琵琶湖に発し京都府宇治市の辺りで宇
     治川と呼ばれ、淀川に入る川。「宇治」に「憂
     し」と「氏」を掛け、絶えぬの序詞にした。
    絶えぬ=氏も絶えるをきかせている。
 
作者・・藤原兼家=ふじわらのかねいえ。928~990。
    従一位摂政関白だ太政大臣。道長の父。
 
出典・・新古今和歌集・1648。

このページのトップヘ