名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2019年05月

逢ひみても あかぬ信太の 森の露 すえをや千枝に 
ちぎりをかまし       
                 招月正徹

(あいみても あかぬしのだの もりのつゆ すえおや
 ちえに ちぎりおかまし)

意味・・あの人といくら逢っても飽きることがない。
    信太の森の露が千枝の端々に置くように、
    将来を幾重にも約束して置きたいものだ。

    将来の約束を確実にしたい、という気持を
    詠んでいます。

 注・・信太の森=和泉国(大阪)の歌枕。
    すえ=枝の先端と将来の意を掛ける。
    千枝=千重を掛ける。
 
作者・・招月正徹=しょうげつせいてつ。1381~
    1459。室町中期の歌僧。
 
出典・・正徹詠草(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)

慰むる 心はなしに 雲隠り 鳴き行く鳥の 
音のみし泣かゆ       
              山上憶良

(なぐさむる こころはなしに くもがくり なきゆく
 とりの ねのみしなかゆ)

意味・・あれこれと思い悩んで気が晴れることもなく、
    雲に隠れて飛んで行く鳥が声高く鳴くように
    私も声をあげて泣きたくなって来る。

    「年老いた身に病気を加え、長年苦しみながら
    子供を思う歌」という題で詠まれたものです。

    この歌の前に状況を説明した長歌があります。
    この世に生きてある限りは無事平穏でありたい
    し、障害も不幸もなく過ごしたいのに、世の中
    の憂鬱で辛い事は、ひどい傷に塩を振り掛ける
    というように、ひどく重い馬荷に上荷をどっさ
    り重ね載せるように、老いたわが身の上に病魔
    まで背負わされている有様なので、昼は昼で嘆
    き暮らし、夜は夜でため息をついて明かし、年
    久しく病み続けたので、幾月も愚痴ったりうめ
    いたりして、いっそうのこと死んでしまいたい
    と思うけれど、真夏の蝿のように騒ぎ廻る子供
    たちを放ったらかして死ぬことも出来ず、じっ
    と子供を見つめていると、逆に生の思いが燃え
    立って来る。こうして、あれやこれやと思い悩
    んで、泣けて泣けて仕方がない。

作者・・山上憶良=やまのうえおくら。660~733。
    遣唐使として渡唐。

出典・・万葉集・898。

1278


いかばかり しづのわが身を 思はねど 人よりも知る
秋の悲しさ              
                   散逸物語・
                   道心すすむる君

(いかばかり しずのわがみを おもわねど ひとより
 もしる あきのかなしさ)

詞書・・秋の悲哀は、華やかに時めいている貴人の
    心には届かない、という心を。

意味・・わが身の卑しさをそれほども思わないけれ
    ども、人よりも秋の悲哀をいっそう感じて
    います。
 
    白楽天の詩、
    城柳(せいりゅう)宮槐(きゅうかい)漫(みだ)り
    がはしく揺落(ようらく)すれども 秋の悲しみ
    は貴人の心に至らず
    (都の町筋の柳、宮中の槐(えんじゅ)の木の葉
    たちは、秋風に吹き乱されて散り果ててしまっ
    たけれども、季節の愁い悲しみというものは、
    華やかに時めく貴人の心には感じないでありま
    しょう・・人々の愁い哀しみは感じないであり
    ましよう)
    この詩の心を詠んだ歌です。

     「あざみの歌」参考です。
 http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_1a3d.html

   1 山には山の愁いあり

     海には海のかなしみや
     ましてこころの花園に
     咲きしあざみの花ならば

   2 高嶺(たかね)の百合のそれよりも
     秘めたる夢をひとすじに
     くれない燃ゆるその姿
     あざみに深きわが想い


 注・・しづ=賤。卑しい者。身分の低い者。

作者・・道心すすむる君=散逸物語に出て来る主人公。

出典・・風葉和歌集・337。

1277


身に近く 来にけるものを 色変る 秋をばよそに
思ひしかども 
                 六条右大臣室

(みにちかく きにけるものを いろかわる あきをば
 よそに おもいしかども)

意味・・私の身辺に来ていたのに。草木の色変る
    秋を、かかわりのないものと思っていた
    けれども。

    男の飽き心に気づいて嘆き心を詠んでい
    ます。

    本歌は「身に近く秋や来ぬらむ見るまま
    に青葉の山もうつろひにけり」です。
         (意味は下記参照)

 注・・色変る=草木の色の変る秋。男の心変わ
     りを暗示。
    よそに=関係の無いものと。

作者・・六条右大臣室=ろくじょううだいじんの
    しつ。生没年未詳。源顕房(従一位右大臣)
    の妻。

出典・・新古今和歌集・1352。

本歌です。
身に近く 秋や来ぬらむ 見るままに 青葉の山も
うつろひにけり         
                  紫の上

意味・・身に近く秋が来たのでしょうか(私も飽かれ
    る時になったのかしら)。見ているうちに、
    青葉の山も紅葉に色変わりしてしまった。

    紫の上が光源氏の飽き心を嘆いた歌です。

出典・・源氏物語。 

世の中に おもひやれども 子を恋ふる おもひにまさる
おもひなきかな         
                   紀貫之

(よのなかに おもいやれども こをこうる おもいに
 まさる おもいなきかな)

意味・・世の中にある色々の悲しみや嘆きをあれこれ
    と思いめぐらして見るが、亡き子を恋い慕う
    嘆きにまさる嘆きはないものだなあ。

    土佐から帰国途中の四国の羽根という所で無
    邪気な子供を見ていると、任地で亡くした子
    供が悲しく思い出され、詠んだ歌です。

     参考歌です。
    北へゆく 雁ぞ鳴くなる 連れてこし 数は
    たらでぞ かへるべらなる(意味は下記参照)

作者・・ 紀貫之=きのつらゆき。868~945。土佐守。
    古今和歌集の撰者。仮名序を執筆。

出典・・土佐日記。

参考歌です。
北へ行く 雁ぞ鳴くなる つれてこし 数はたらでぞ 
帰るべらなる
                  詠人しらず
                      
(きたへゆく かりぞなくなる つれてこし かずは
 たらでぞ かえるべらなる)

意味・・春が来て北国に飛び帰る雁の鳴き声が聞こえて
    くる。あのかなしそうな鳴き声は、日本に来る
    時には一緒に来たものが、数が足りなくなって
    帰るからなのだろうか。

    この歌の左注に、「この歌の由来は、ある人が
    夫婦ともどもよその土地に行った時、男の方が
    到着してすぐに死んでしまったので、女の人が
    一人で帰ることになり、その帰路で雁の鳴き声
    を聞いて詠んだものだ」と書かれています。

 注・・べらなり=・・のようである。

出典・・ 古今和歌集・412。


1276 (2)


霧たちて 雁ぞ鳴くなる 片岡の 朝の原は 
もみじしぬらむ             
                詠み人知らず

(きりたちて かりぞなくなる かたおかの あしたの
 はらは もみじしぬらん)

意味・・空には霧がたちこめ、雁の鳴き声が聞こえてくる。
    秋も深くなったから、片岡の朝の原の木々はきれい
    に紅葉したことだろう。

      晩秋の自然をとらえた歌です。

 注・・片岡=奈良県葛城郡王寺町。
      朝の原=場所不明。
 
出典・・古今和歌集・252。

1272


秋風の 吹きにし日より 音羽山 峰のこずえも 
色つきにけり          
                                             紀貫之

(あきかぜの ふきにしひより おとばやま みねの
 こずえも いろつきにけり)

意味・・秋風が吹き始めた初秋の時から風の音が絶え間
    なくするが、その音羽山を今日眺めると、峰の
    こずえまですっかり紅葉している。

 注・・音羽山=京都と滋賀県の境にある山。音羽山の
       「音」と、風の「音」を掛ける。

作者・・紀貫之=868~945。土佐の守。古今和歌集を
    撰進。古今集の仮名序を著す。

出典・・古今和歌集・256。

1270



雨露に 打たるればこそ 紅葉葉の 錦を飾る
秋はありけれ
                 沢庵和尚
            
(あまつゆに うたるればこそ もみじばの にしきを
 かざる あきはありけれ)

意味・・冷たい雨や露に打たれたからこそ、秋には楓(かえで)の
    葉が美しい紅葉となる。
 
    逆境を経てこそ、人も人生の豊かさを手中にすることが
    出来る。

作者・・沢庵和尚=たくあんおしょう1573~1645。江戸時代の
    臨済宗の僧。書画や詩文、茶の湯に通じる。

出典・・木村山治朗「道歌教訓和歌辞典」。

みよし野の 花は雲に まがひしを ひとり色付く
峰のもみじば           
                                          慈円

(みよしのの はなはくもに まがいしを ひとり
 いろずく みねのもみじば)

意味・・吉野の桜は雲に間違えられるようであったが、
    峰の紅葉した葉は何事にもまがうことなく、
    ひとり鮮やかに色ずいていることだ。

    吉野の美しい紅葉を遠方から見て詠んいます。
    
 注・・花は雲に=遠方から見た満開の桜が、雲のよう
     に見えること。
 
作者・・慈円=じえん。1155~1225。天台座主。
 
出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇 」。

1268


鳴る神の 音もとどろに ひさかたの 雨は降り来ね 
我が思ふとに            
                  良寛

(なるかみの おともとどろに ひさかたの あめは
 ふりこね わがおもうとに)

意味・・雷の音が、ごろごろ鳴りひびくばかりで、
    雨が降って来て欲しいものだ。日照りで
    困っていると、私が思っている人の所に。

    旱魃の時に詠んだ歌です。
 
 注・・鳴る神=雷。
    ひさかた=「雨」の枕詞。
    来ね=来てほしい。「ね」は願望の意の助詞。
    と=土。土地、国土。
 
作者・・良寛=りょうかん。1758~ 1831。

出典・・谷川敏朗 著「良寛全歌集」。

夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は 今夜は鳴かず
いねにけらしも    

                舒明天皇

(ゆうされば おぐらのやまに なくしかは こよいは
 なかず いねにけらしも)

意味・・夕方になると何時もきまって小倉山で鳴く
    鹿が、今夜はまだ鳴かない。たぶんもう寝
    てしまったのだろうなあ。

    時を定めて鳴く鹿の声を聞いていると、又
      鹿の鳴くのを心待ちするものです。その待
    っている声が、いつもの時刻になっても聞
    えないのはなんだか心寂しいものです。
    どうしたのかなあと気にかかる。そういう

    気持を詠んでいます。

 注・・小倉山=奈良県桜井市内にある山。

作者・・舒明天皇=じょめいてんのう。593~641。
    34代天皇。

出典・・万葉集・1511。

濡れてほす 山路の菊の つゆのまに いつか千年を
我は経にけむ          
                  素性法師

(ぬれてほす やまじのきくの つゆのまに いつかちとせを
 われはへにけん)

意味・・山路の菊の露に濡れて仙宮に到ったが、着物を
    乾かすほんのわずかの間に、私はいつ千年も過
    ごしてしまったのだろうか。

    詞書は、
    仙人の家(仙宮)に菊の咲いた細道を分けて入っ
    て行く人がある、その模型を見て詠んだ歌です。

    蝉の一ヶ月は人間の100年に当たり、仙人の
    千年は人間界の一日に当たるほど、時は不思

    なものだという事を詠んでいます。

    短い時間を長い時間掛けてゆったりと過ごし
    したいという気持も詠んでいます。
    老いた人の一日はすごく短いが、幼児の時の
    一日はすごく長く感じる。この幼児のような
    時間の使い方が出来たらなあ、という気持で
    す。

 注・・つゆ=菊の「露」とつゆの間にの「つゆ」の掛詞。
    仙宮=仙人の住む宮殿。

作者・・素性法師= そせいほうし。生没年未詳。860年
    頃活躍した歌僧。三十六歌仙の一人。

出典・・古今和歌集・273。

1267 (2)



太秦の 深き林を 響きくる 風の音すごき
秋の夕暮れ        
              小沢蘆庵

(うずまさの ふかきはやしを ひびきくる かぜのと
 すごき あきのゆうぐれ)

意味・・太秦の深い林を響かせながら吹いてくる
    風の音がすさまじい秋の夕暮れよ。

    竹林の唸る音だろうか。

 注・・太秦(うずまさ)=京都市右京区の地名。
      当時は郊外で、ここから御室(おむろ)・
     嵯峨のあたりにかけて竹林が多かった。

作者・・小沢蘆庵=おざわろあん。1723~1801。
    漢学にすぐれ、官山茶(かんさざん)や頼山
    陽と交流。

出典・・家集「六帖詠草」(東京堂出版「和歌鑑賞
    辞典」) 

わが世をば 今日か明日かと 待つかひの 涙の滝と
いづれ高けむ
                    在原業平
          
(わがよをば きょうかあすかと まつかいのなみだの
 たきと いずれたかけん)

意味・・我が世に時めく日を、今日か明日かと待っているが、
    待ち甲斐もない心細さに流れる涙の滝と、この布引
    の滝とはどちらが高いだろうか。

又の意・わが生涯の終わりを今日か明日かと待つ間の心細さ
    に流れる涙の滝と、この布引の滝とは、どちらが高
    いだろうか。

    布引の滝を見て詠んだ歌です。

 注・・世=生涯の意にも取れる。
    かひの涙=「甲斐の無み」を掛ける。「かひ」は
     間(かい)の意にも取れる。
    布引の滝=神戸市の北方布引山中にある滝。
     上下二段に分かれ、上を雄滝(45m)、下を雌滝
     (20m)という。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。蔵
    人頭。伊勢物語が有名。

出典・・伊勢物語・87段。

1266


ふくる夜の 川音ながら 山城の 美豆野の里に
すめる月かげ      
                頓阿法師

(ふくるよの かわおとながら やましろの みずのの
 さとに すめるつきかげ) 

意味・・更けていく夜に澄んだ川音を伴いつつ、
    山城の美豆野の里に月の光が澄み渡って
    いる。

    月明かりの静かな夜中、心も安らいでく
    ると川のせせらぎが心地よく聞こえてく
    る状況です。

 注・・ながら=(名詞に付いて)それが持っている
     本質に従って、の意を表す。
    山城=旧国名。今の京都府の中部と南部。
    美豆野(みずの)=山城国の枕言葉。京都市
     伏見区美豆町の近辺。

作者・・頓阿法師=とんあほうし。1289~1372。
    「新拾遺集」の撰者。

出典・・岩波書店「中世和歌集・室町篇」。 


1265



植えしとき 花まちどほに ありし菊 移ろふ秋に
あはむとや見し         
                  大江千里

(うえしとき はなまちどおに ありしきく うつろう
 あきに あわんとやみし)

意味・・かって植えた時には、花の咲くのが待ち遠しくて
    しかたがなかった菊であるが、それがしだいに成
    長し花が咲き色が変わりかける事が、こんなに早
    く実現しょうとは誰が思った事であろうか。    

    植えた菊が花を咲かせ、枯れて行く月日の経過が
    早いのに驚いています。

 注・・花まちどほに=花が咲くのが待ち遠しい。
    移ろふ秋=青葉が黄葉となり枯れて落葉となって
     ゆく秋。
    あはむとや見し=会うと思ったであろうか、いや
         そうとは思えない。「や」は反語。

作者・・大江千里= おおえのちさと。生没年未詳。901年

    中務小丞。


出典・・古今和歌集・271。

1263
                                               薄の白波

ぬししらで 紅葉はおらじ 白浪の 立田の山の
おなじ名もうし     
                 藤原為家

(ぬししらで もみじはおらで しらなみの たつたの
 やまの おなじなもうし)

意味・・持ち主の分からない立田の紅葉を折り取る事は
    すまい。白波の立つ立田山の、その白波が意味
    する盗人という汚名を受けるのもいやだから。

 注・・白浪=盗賊のこと。後漢の末、黄巾賊が西河の
     白波谷に隠れて略奪を働いたのを、時の人が
     「白波賊」と呼んだ故事から、白波は盗賊を
     意味するようになった。白波は薄が風で揺れ
     て白波に見えるさま。
    立田山=奈良県生駒群斑鳩(いかるが)町立田。
     立田の紅葉が川面に散り敷く紅葉の名所。

作者・・藤原為家=ふじわらのためいえ。1198~1275。
    続後撰和歌集の撰者。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。

時しもあれ 秋やは人の 別るべき あるを見るだに
恋しきものを      
                 壬生忠岑

(ときしもあれ あきやはひとの わかるべき あるを
 みるだに こいしきものを)

意味・・一年の季節もいろいろあるのに、ただでさえ
    もの悲しいこの秋に、人が永の別れを告げて
    いいのだろうか。そうではあるまい。生きて
    元気である友達を見ていても恋しくなるとい
    うのに。

    人の死別した当座のショックに基ずく歌です。

 注・・時しも=時もあろうに。「しも」は上接する
     語を強調する。
    やは=反語の意を表す。・・だろうか、いや
     ・・ではない。
    別る=離別する、死別する。
    ある=生きている、健在である。

作者・・壬生忠岑=みぶのただみね。生没年未詳。
    従五位下。古今集の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・839。
 
 

まがねふく 吉備の中山 帯にせる 細谷川の 
音のさやけさ
                
                 詠人知らず
            
(まがねふく きびのなかやま おびにせる ほそ
 たにがわの おとのさやかさ)

意味・・吉備の中山の麓を帯のように流れている細い
    谷川の音のなんと清々しいことか。

 注・・まがねふく=鉄を溶かして分けること。吉備国は
     鉄を産したので、ここでは吉備の枕詞。
    吉備=備前、備中、備後、美作の四国。岡山県と
      広島県の一部。
    中山=備前と備中の境の山。
 
出典・・ 古今和歌集・1082 。

1259



秋風に独り立ちたる姿かな    
                                          良寛

(あきかぜに ひとりたちたる すがたかな)

意味・・秋の風が肌寒く吹いている。その風に吹かれて
    独り立ち尽くして、どのように生きるべきか、
    また世の人の幸せのためには、どうしたら良い
    かと、思い悩んでいると、心までが冷たく感じ
    られる。これが私に与えられた姿なのかなあ。

    この秋風には一種の悲愴感が感じられます。
    例えば、芭蕉の次の二つの句のように。

    「野ざらしを心に風のしむ身かな」

    (道に行き倒れて白骨を野辺にさらしてもと、
    覚悟をきめて、旅を出で立つ身に、ひとしお
    秋風が身にしみることだ)

    「塚も動け我が泣く声は秋の風」
          (意味は下記参照)     

    生き難い人々の苦しみに思いを寄せて、しきり
    に涙を流す良寛です。

 注・・独り立ちたる姿=この姿には、哀愁・寂寞・孤独
     悩みといった種々の感情が投影されている。

作者・・良寛=1758~1831。

参考句です。

塚も動け我が泣く声は秋の風   
                                           芭蕉

(つかもうごけ わがなくこえは あきのかぜ)

意味・・自分の来るのを待ちこがれていて死んだという
    一笑(俳人の名)の墓に詣でると、あたりは落莫
    (らくばく)たる秋風が吹き過ぎるのみである。
    私は悲しみに耐えず、声を上げて泣いたが、その
    私の泣く声は、秋風となって、塚を吹いてゆく。
    塚よ、この秋風に、我が無限の慟哭がこもって
    いるのだ。塚よ、秋風に吹かれている塚よ、我が
    深い哀悼の心に感じてくれよ。


1258



たのしみは 世に解きがたく する書の 心をひとり
さとり得し時        
                   橘曙覧

(たのしみは よにときがたく するふみの こころを
 ひとり さとりえしとき)

意味・・私の楽しみといえば、世間で難解だとされている
    本の真意を自分の一人の力で解き明かす事が出来
    た時です。学の道を歩んできた身には何とも喜ば
    しいことだ。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。紙商の
    家業を継いでいたが21歳の時に隠棲して学問・和
    歌に専念。越前藩主の松平春獄と交流。

出典・・岩波書店「橘曙覧全歌集・573」。

むばたまの わが黒髪は 白川の みつはくむまで
なりにけるかな
                檜垣の嫗
 
(むばたまの わがくろかみは しらかわの みつは
 くむまで なりにけるかな)

意味・・私の黒髪も白くなり、歯もぬけた老人になっ
    てしまいました。使用人もいなくなり白川で
    自ら水を汲むような落ちぶれた身分になった
    ものです。

    女性がこんな老いた姿では、昔の私を(間接
    にも)知る人には会いたくないのです。

    昔の檜垣御前の名声に好奇心をもった小野好
    古(よしふる)が大宰府にやって来た時、消息
    を訪ねていたのに応えて詠んだ歌です。

    「大和物語」に檜垣御前の話がのっています。
    華やかな過去を有する女性が、年老いて後の
    自分の落ちぶれた姿を人目にさらすのを恥じ
    貴人の招きに応じなかったという逸話です。
    (あらすじは下記参照)      
       
 注・・むばたまの=ぬばたまの、と同じ。黒・髪な
     どにかかる枕詞。
    白川=熊本県の有明海に注ぐ川。「髪が白い」
     を掛ける。
    みつはくむ=三つ歯組む。歯が多く欠落した
     老人の顔相。「水は汲む」を掛ける。
    
作者・・檜垣の嫗=ひがきのおうな。生没年未詳。筑紫
     (福岡県・九州の総称)に住んでいながら色好
     みの美人として都の人にも知られていた女性。

出典・・後撰和歌集・1219。

大和物語・126段のあらすじです。

    純友(すみとも)の乱の時、伊予で朝廷に反乱
    を起し、また博多を襲った藤原純友の一党を
    征伐をする為に小野好古が追捕使として筑紫
    に赴きます。
    一方、檜垣御前は純友の博多襲撃の余波を受
    けて家を焼かれ、家財道具も失い、零落した
    姿であばら家に住んでいます。
    才気に富んだ風流な遊君であったとの檜垣御
    前の名声に好奇心を動かしていた小野好古が
    大宰府の巷間を探し求めたが消息が知れない。
    ある時、白川の畔(ほとり)で水を汲んでいる
    老女を、土地の人からあれが檜垣御前だと教
    えられ、好古の館へ招いてみたのだが、女は
    自分の老残の姿を恥じて参上せず。ただ、歌
    を詠んで届けてよこした。
    「むばたまのわが黒髪は白川のみつはくむまで
    なりにけるかな」
    女性がこんな老いた姿では、昔の私を(間接
    にも)知る人には会いたくないのです。

 注・・純友の乱=藤原純友は、西国で海賊討伐を命ぜ
     られていたが、936(承平6)年、自ら海賊を率
     いて朝廷に反抗、瀬戸内海横行の海賊の棟梁
     となり略奪・放火を行い、淡路・讃岐の国府、
     大宰府を襲う。941(天慶4)年 小野好古らに
     よって反乱は鎮圧され、純友は敗死した。

1256


明けぬるか 衣手寒し 菅原や 伏見の里の 
秋の初風
               藤原家隆

(あけぬるか ころもてさむし すがはらや ふしみの
 さとの あきのはつかぜ)

意味・・夜がもう明けてしまったのか。袖が寒い。
    菅原の伏見の里の秋風は。

    荒れた菅原の里で旅寝をして、迎えた夜明けの
    わびしさを秋風の寒さで強調し、このわびしさ
    は、これから冬に向けての厳しさの覚悟でも
    あります。

 注・・衣手=袖。
    菅原や伏見の里=奈良市菅原町の西大寺のあたり。
     「伏見」は「伏」に「臥(ふ)す」を掛ける。
     和歌では、荒れた侘(わび)しい里として詠まれ
     ている。
 
作者・・藤原家隆=ふじわらのいえたか。1158~1237。
    非参議従二位。新古今和歌集の撰者の一人。
 
出典・・新古今和歌集・292。 

何事も 変わりのみ行く 世の中に 同じ影にて 
すめる月かな        
                 西行

(なにごとも かわりのみゆく よのなかに おなじ
 かげにて すめるつきかな)

意味・・何事もすべて変わってばかり行く世の中で、
    昔と同じように月は澄んだ光を放つってい
    る。

    西行の生きた時代は動乱の相次ぐ世の中で
    あり、それを背景に、昔と変わらない光を
    放つ月をしみじみと羨ましく感じて詠んで
    います。
 
作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名は
    佐藤義清。鳥羽院北面武士。23才で出家。
 
出典・・歌集「山家集」。

今日も暮れ 明日も過ぎなば いかがせむ 時のまをだに
耐えぬ心に               
                  散逸物語・前関白

(きょうもくれ あすもすぎなば いかがせん ときのま
 をだに たえぬこころに)

意味・・今日も暮れ、明日も過ぎたら、私はどうしたら
    いいのだろう。ほんの少しの間でさえ、あなた
    に逢えないと耐えられない気持ちなのに。

    恋人を待ちわびた歌ですが、私には会社勤めの
    仕事が忙しかった時代が思い出されてきます。

    今日も暮れ、明日も過ぎたら、私はどうしたら
    いいのだろう、納期が迫ってあせるばかりだ。
    予定が遅々として進まない。あれもせにゃなら
    ない。これもせにゃならない。でも、会議や安
    全パトロールなどが入り自分の仕事をする時間
    がない。これに少し手をつけ、あれにも手をつ
    ける。
時間が過ぎて行くのに、完成した物がな
    い。
納期がどんどん迫って来る、どうしよう。
    昔の忙しかった時代が懐かしく思い出されくる。
 
 注・・時のま=時の間。少しの間、しばらくの間。
    散逸物語=散逸して今では無くなった物語。

作者・・前関白=物語の主人公。

出典・・岩波書店「王朝物語秀歌選」。
 

716 (2)


みどりにて 色もかはらぬ 呉竹は よのながきをや
秋としるらん    
                 藤原師経

(みどりにて いろもかわらぬ くれたけは よの
 ながきをや あきとしるらん)

意味・・草木は色が変るので秋の到来を知るのだが、
    緑色をして色も変らない呉竹は、節(よ)の
    長いこと・・・夜が長くなったことで秋の
    到来を知ることだ。

 注・・呉竹=「呉」と「暮れ」を掛ける。
    よのながき=「節の」と「夜の」を掛ける。

作者・・藤原師経=ふじわらのもろつね。1009~
    1066。但馬権守。従三位。

出典・・後拾遺和歌集・1049。

1255


おとにきき めにみいりよき 出来秋は たみもゆたかに
いちがさかえた       
                   四方赤良

とにきき にみいりよき きあきは みも
 ゆたかに ちがさかえた)

詞書・・「おめでたい」という五文字を句の上に置いて、
    農業の心を詠めと人が言ったので。

意味・・うわさに聞いていたが、じっさい目に見ても、
    実りのよい秋である。民の暮らしも豊かで、
    市も栄えてまことにめでたいことだ。

    ある言葉を各句の上に一字ずつ置いた形を折句
    といっています。

 注・・みいり=「見入り」と「実入り」を掛ける。
    出来秋=秋の稲のよく実った頃。
    いちがさかえた=市が栄えた。昔話・おとぎ話
     などの末尾に用いる決まり文句。めでたし、
     めでたし。

作者・・四方赤良=よものあから。1749~1823。黄表
    紙・洒落本・滑稽本・狂歌などで江戸時代活躍
    した。

出典・・狂歌「万載」(小学館「狂歌」)

1254 (2)


白川の 関屋を月の もる影は 人の心を
留むるなりけり        
               西行

(しらかわの せきやをつきの もるかげは ひとの
 こころを とむるなりけり)

意味・・白川の関守の住む家に漏れ入る月の光は
    能因法師の昔を思い出させ、旅人の心を
    ひきとめて立ち去り難くさせることだ。

    詞書によれば、白河の関に旅をした時、
    月が美しく照っていたので、能因法師を
    思い出され、関守の住む家の柱に書き付
    けた歌です。

    能因法師を思い出した歌は、
    「都をば霞とともにたちしかど秋風ぞ吹
    く白川の関」です。

 注・・白川の関=福島県白河市にあった関。
    関屋のもる=関守の住む家。
    もる影=「漏る」と「守る」を掛ける。

作者・・西行=1118~1190。23歳で出家する前は
    鳥羽院の北面武士であった。

出典・・山家集・1126。


寂しさに 秋成が書 読みさして 庭に出でたり
白菊の花      
                北原白秋

(さびしさに しゅうせいがふみ よみさして にわに
 いでたり しらぎくのはな)

意味・・雨月物語を読んでいて、あまりに心悲しく
    なったので、途中で置いて庭に出た。そこ
    にはその悲しさを誘った純愛の心をそのまま
    表したような白い菊が咲いていた。
 
    秋成が書は雨月物語の「菊花の契」を指して
    います。
    あらすじは、丈部左門という武士が、道中病
    気で困っていた赤穴宗右衛門を助け、それに
    より兄弟の契を結んだ。宗右衛門が去るにあ
    たって、菊花かおる重陽の日(9月9日)には
    必ず訪ねてくると再会を約束して去ったがま
    もなく捕らわれの身となる。逃れられないの
    で自殺して亡霊となり、約束の日の夜更けよ
    うやく左門の所へ訪ねて来たという話です。

    「寂しさ」は人情の哀れさへの感動です。
    
 注・・秋成=上田秋成(1734~1809)。雨月物語等。
    秋成が書=雨月物語。

作者・・北原白秋=きたはらはくしゅう。1885~1942。
    城ヶ島の雨、ペチカ、からたちの花、等を書い
    た詩人。

1252


心にも あらで憂き世に ながらへば 恋しかるべき
夜 半の月かな       
                  三条院
        
(こころにも あらでうきよに ながらえば こいし
 かるべき よわのつきかな)

詞書・・病気になって帝位を去ろうと思っている
    時分、明るい月を見て詠んだ歌。

意味・・心ならずも、この辛い世の中に生き長ら
    えていたならば、今、この宮中で眺める
    夜半の月も、恋しく思い出されるに違い
    ないだろうなあ。

    病気などの理由で、不本意ながらに退職
    する時の気持ちであり、退職した収入の
    ない将来の絶望的立場より今の時点を振
    り返って見ると、病気をしていても仕事
    をしている今が、不遇でも恋しくなるだ
    ろうなあ、という気持ちを詠んでいます。

 注・・心にもあらで=自分の本意ではなく。早
     く死んだほうがましだという気持ち。
    憂き世=生きるのにつらい世。
    ながらへば=生きながらているならば。

作者・・三条院=さんじょういん。976~1017。

    三条天皇は眼病に苦しみ、藤原道長に退
    位を画策され帝位を去る。

出典・・後拾遺和歌集・860、百人一首・68。

このページのトップヘ