名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2019年06月

1148


紫の ひともとゆえに 武蔵野の 草はみながら 
あはれとぞ見る
                詠み人知らず

(むらさきの ひともとゆえに むさしのの くさは
 みながら あわれとぞみる)

意味・・ただ一本の紫草があるために、広い武蔵野じゅう
    に生えているすべての草が懐かしいものに見えて
    くる。

    愛する一人の人がいるのでその関係者すべてに親
    しみを感じると解釈されています。

 注・・紫=紫草。むらさき科の多年草で高さ30センチ
     ほど。根が紫色で染料や皮膚薬にしていた。
    みながら=全部。
    あはれ=懐かしい、いとしい。
 
出典・・古今和歌集・867。


*************** 名歌鑑賞 ***************


滝の上の 三船の山に 居る雲の 常にあらむと 
我が思はなくに
                 弓削皇子
                
(たきのうえの みふねのやまに いるくもの つねに
 あらんと わがおもわなくに)

意味・・滝の上の三船山には、あのようにいつも雲が
    かかって見えるが、私達はいつまでもこの世
    にあろうとは思えない。それが悲しい。

    今の良き状態が長く続くとは思われない、と
    戒めた気持を詠んでいます。

 注・・三船の山=奈良県吉野の宮滝付近にある山。
    あらんと=生きているだろうと。
    なくに=・・ないのに、・・ないのだから。

作者・・弓削皇子=ゆげのみこ。699年没。30歳前
    後。天武天皇第六皇子。
 
出典・・万葉集・242。

1185



安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を 
我が思はなくに
                詠み人知らず
             
(あさかやま かげさえみゆる やまのいの あさき
 こころを わがおもわなくに)

意味・・安積山の姿までも映し出す清らかな山の井、
    浅いその井のような浅はかな心で、私がお
    慕いしているわけはありませんのに。

    この歌にはこんな伝えがあります。
    葛城王が陸奥の国に派遣された時に、国司
    の対応の仕方が甚だなおざりであった。
    それで、王はひどく不愉快に思って、怒り
    の表情がありありと見えた。接待の酒食を
    準備したにもかかわらず、どうしても打ち
    解けて宴に興じようとはしなかった。そこ
    にたまたま、前に采女(うねめ)であった女
    がいた。都風の教養を身につけた女であっ
    た。左手で盃を捧げ、右手に銚子を持ち、
    銚子で王の膝に拍子を打ちながら、この歌
    を吟(くちずさ)んだ。そこで、王の気持は
    すっかりほぐれて、一日中楽しく過ごした
    という。

 注・・安積山=福島県郡山市にある山。
    影さへ=「さへ」という助詞により、水が
     きれいな上に、さらに美しい山の影まで
     が映っている意を表す。
    山の井=山から湧き出る清水を貯めて置く
     所。
    葛城王=736年臣籍にあった橘諸兄(たちば
     なのもろえ)。
    陸奥=東北地方の旧国名。
    采女(うねめ)=女官として都へ遣わされた
     地方豪族の子女。容姿端麗な者が選ばれ
     た。
 
出典・・万葉集・3807。

1316

みやこにも 初雪ふれば をの山の まきの炭釜
たきまさるらん          
                 相模

(みやこにも はつゆきふれば おのやまの まきの
 すみがま たきまさるらん)

意味・・都でも初雪が降ったので、良質の小野山の
    木を焼く炭窯はいよいよ燃え盛っているだ
    ろうよ。

    一方で辛い事があれば他方では良い事があ
    るものです。

 注・・をの山=小野山。京都市左京区大原辺。
    まきの炭釜=真木の炭窯。大原の良い木の
     炭を焼く窯。

作者・・相模=さがみ。生没年未詳。995年頃の生
    れ。相模守大江公資(きんより)の妻となり
    相模と号した。
 
出典・・後拾遺和歌集・390。
  


1315

百草の 花の盛りは あるらめど したくだしゆく 
我ぞともしき
                良寛
                 
(ももくさの はなのさかりは あるらめど したく
 だしゆく われぞともしき)

意味・・沢山の草には、それぞれ花の盛りがある
    ようだが、次第に衰えていく私の身には
    まことに恨めしいことだ。

   「したくだしゆく我ぞともしき」を「しら
    でたち行く我ぞかなしき」とした別本も
    あります。 

 注・・したくだし=次第に衰える。
    ともしき=うらめしい。

作者・・良寛=1758~1831。

出典・・ 良寛歌集・538 。


439


馬来田の 嶺ろの笹葉の 露霜の 濡れて我来なば
汝は恋ふばぞも
                上総の防人歌
              
(うまぐたの ねろのささばの つゆしもの ぬれてわきなば
 なはこうばぞも)

意味・・馬来田の嶺の笹葉に置く冷たい露に、濡れそぼちながら
    私がとぼとぼと行ってしまったなら、お前は一人せつな
    く恋焦がれることだろうな。

    防人として遠く旅立とうとする男の心の歌です。

 注・・上総(かずさ)=千葉県の南部。
    防人(さきもり)=上代、東の国々から送られて九州の
     要地を守った兵士。
    馬来田(うまぐた)=千葉県木更津市馬来田(まくた)。
 
出典・・万葉集・3382。
 

***************** 名歌鑑賞 ******************


朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれたる 
瀬々の網代木        
                 藤原定頼
             
(あさぼらけ うじのかわぎり たえだえに あらわれたる
 せぜのあじろぎ)

意味・・明け方、あたりがほのぼのと明るくなる頃、宇治川の
    川面に立ち込めていた霧がとぎれとぎれになって、そ
    の絶え間のあちらこちらから点々と現れてきた川瀬の
    網代木よ。

    冬の早朝、霧の美しい風景を詠んでいます。

注・・あさぼらけ=夜明け方、あたりがほのぼのと明るくなる頃。
   瀬々 =「瀬」は川の浅い所。
   網代木=「網代」は川に竹や木を組み立て網のかわりにし、
        魚をとるしかけ。木はその杭。

作者・・藤原定頼=ふじわらさだより。995~1045。藤原公任(
    きんとう)の子。正二位権中納言。小式部内侍(こしきぶ
    のないし)をからかって「大江山いく野の道の遠ければま
    だ文もみず天の橋立・百人一首・60」の歌を詠ませたの
    は有名。

出典・・千載和歌集・420、百人一首・64。


****************** 名歌鑑賞 ******************


唐衣 着つつなれにし 妻しあれば はるばる来ぬる 
旅をしぞ思ふ              
                 在原業平
            

らころも つつなれにし ましあれば るばるきぬる
 びをしぞおもう)

(か・・・・ き・・・・・・ つ・・・・  は・・・・・・
 た・・・・・)

意味・・くたくたになるほど何度も着て、身体になじんだ衣服
    のように、慣れ親しんだ妻を都において来たので、都を
    遠く離れてやって来たこの旅路のわびしさがしみじみと
    感じられることだ。

    三河の国八橋でかきつばたの花を見て、旅情を詠んだ
    ものです。各句の頭に「かきつばた」の五文字を置い
    た折句です。この歌は「伊勢物語」に出ています。

 注・・唐衣=美しい立派な着物。
    なれ=「着慣れる」と「慣れ親しむ」の掛詞。
    しぞ思う=しみじみと寂しく思う。「し」は強調の意
     の助詞。
    三河の国=愛知県。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。従四位
     ・美濃権守。行平は異母兄。

出典・・古今集・410、伊勢物語・9段。


1309


東路の 道の冬草 茂りあひて 跡だに見えぬ 
忘水かな      
               康資王母

(あずまじの みちのふゆくさ しげりあい あとだに
 みえぬ わすれみずかな)

詞書・・東に侍りける時、都の人につかはしける。

意味・・ここ吾妻では、道のほとりの冬枯れた草
    が茂り合い、人の訪れた跡さえ見えない
    野中に、忘れ水がひっそりと流れていま
    す。

    都から吾妻へ行ってしまったら、都から
    の便りも途絶えて忘れさられた寂しさを
    詠んでいます。
    
 注・・東(あづま)=東国。ここでは陸奥国。吾
     妻は群馬県吾妻。
    跡だに=人の足跡さえ。手紙も貰えない
     ことを暗示している。
    忘水=野中に隠れて人に知られない水。
     ここでは都人に忘れられている自分
     を暗示している。

作者・・康資王母=やすすけおうのはは。生没年
    未詳。筑前守高階成順の娘。

出典・・新古今和歌集・628。
 


******************** 名歌鑑賞 ******************


行く水は 堰けばとまるを 紅葉ばの 過ぎし月日の
また返へるとは         
                  良寛

(ゆくみずは せけばとまるを もみじばの すぎし
 つきひの またかえるとは)

意味・・流れる水は堰き止めれば止まるのに、過ぎて
    しまった月日が再び戻ってくるとは聞いた事
    がないなあ。

    堰で秋を留めると詠んだ歌として、
    「落ちつもる紅葉を見れば大井川いせきに秋
    もとまるなりけり」があります。
         (意味は下記参照)

    うかうかしていると、生き生きとした盛んな
    年頃は過ぎ去って行く。二度と同じ月日はも
    う戻って来ない。

 注・・紅葉ばの=「過ぎ」の枕詞。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川敏朗著「良寛全歌集」。
参考歌です。

落ちつもる 紅葉を見れば 大井川 ゐせきに秋も
とまるなりけり    
                 藤原公任

意味・・大井川の堰(いせき)に散り落ちて積もっている
    紅葉をみると、堰は水をせき止めるだけでなく
    紅葉を止め、秋という季節もここに止めている
    のであった。

    冬になったが、まだいせきに秋は残っている
    という事を詠んでいます。

 注・・ゐせき=堰。水をせき止める施設。

作者・・藤原公任=ふじわらのきんとう。966~1041。
    正二位権大納言。三船の才と言われて詩歌管弦
    の三方面の才能を兼備していた。和漢朗詠集を
    撰集した。

出典・・後拾遺和歌集・377。
 

1306


世にふるもさらに宗祇のやどりかな
                       芭蕉
                    
(よにふるも さらにそうぎの やどりかな)

詞書・・手づから雨の侘笠(わびがさ)をはりて。

意味・・数日こうして渋笠を張りながら、旅の詩人宗祇を
    思うのも、いささか古人にあやかるところあって
    面白いが、しかしさらに考えてみれば、この人生
    そのものが、「宗祇のやどり」に他ならないので
    はなかろうか。

    宗祇の句、
    「世にふるも更に時雨のやどりかな」とさらに
    二条院讃岐の歌、
    「世に経るは苦しきものを槙の屋にやすくも過ぐる
     初時雨かな」
     を念頭に詠んだ句です。(意味は下記参照)    

 注・・手づから=自分の手で。
    侘笠(わびがさ)=侘び人にふさわしい笠。
    宗祇のやどり=時雨の晴れるのを待つ間の侘しい
     宿りのこと。

作者・・芭蕉=1644~1694。松尾芭蕉。「野ざらし紀行」
     「奥の細道」「笈の小文」。


出典・・笈日記。

宗祇の句です。

世にふるも 更に時雨の やどりかな 
                     宗祇

(よにふるも さらにしぐれの やどりかな)

意味・・時雨降る(信濃路で)一夜の雨宿りをするのは
    侘しい限りであるが、更に言えばこの人生
    そのものが時雨の過ぎるのを待つ雨宿りの
    ようではないか。
    
    冷たい雨が降ったり止んだりするように、
    人生も良かったり悪かったりするという無
    常観を詠んでいます。

 注・・ふる=「降る」と「経る」を掛ける。
    さらに=さらに言えば。
    時雨=初冬のにわか雨。人生の無常や冬の
     始まりの侘しさを感じさせる。

二条院讃岐歌です。

世に経るは 苦しきものを 槙の屋に やすくも過ぐる
初時雨かな       
                  二条院讃岐

(よにふるは くるしきものを まきのやに やすくも
 すぐる はつしぐれかな)

意味・・世を生きながらえていくことは辛く苦しいもの
    なのに、槙の屋に降る初時雨はいとも軽々しく
    降り過ぎていくことだ。

    辛さや苦しみ、悲しみを十分味わったので、「
    やすく過ぐる」ように、これからは容易に世を
    過ごす事が出来たら良いのに、という気持を詠
    んでいます。
    なお、二条院は平家との戦いで父と子を亡くし
    ています。

 注・・世に経る=この世に生きながらえる。
    槙の屋=槙の板で葺(ふ)いた家。
    やすく過ぐる=なんの苦しみもなくさらさらと
     降り過ぎる。

作者・・二条院讃岐=にじょういんのさぬき。1141~
    1217。後鳥羽院の中宮に仕えた。

出典・・新古今和歌集・590。

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名を聞けば 昔ながらの 山なれど しぐるる秋は
色まさりけり
                 源順
              
(なをきけば むかしながらの やまなれど しぐるる
 あきは いろまさりけり)

意味・・名を聞くと、昔ながら変ることのない、長等山
    ではあるけれど、時雨が降る秋は、一段と色が
    まさることだ。

    不変の長等山が、美しく紅葉した景色を詠んで
    います。

 注・・ながら山=「長等山」と「昔ながら」を掛ける。
     長等山は滋賀県大津市の三井寺の裏山。
    しぐるる=時雨るる。秋から冬にかけて降った
     り止んだりする雨、が降る。

作者・・源順=みなもとのしたがう。911~983。従五位
    ・能登守。万葉集を読解する。「後撰和歌集」の
    撰者。

出典・・拾遺和歌集・198。

***************** 名歌鑑賞 *****************


照る月の 冷えさだかなる あかり戸に 眼は凝しつつ
盲ひてゆくなり
                   北原白秋
             
(てるつきの ひえさだかなる あかりどに めは
 こらしつつ しいてゆくなり)

意味・・
ガラス戸に照っている月の光がいかにも冷え
    冷えとした冷たい感じなのは、盲(めし)いて
    ゆく眼にもはっきり分かるのだが、この冷え
    冷えしたガラス戸を、よく見えない眼で見つ
    めながら、この冷たい世界で、だんだん自分
    は盲人になってゆくのだ。

    眼底出血して入院している時に詠んだ歌です。
    失明への恐れという事態になって自分の気持
    を整理しています。    

 注・・さだかなる=はっきりしているの意。
    あかり戸=明かりをとる戸の意でガラス戸。
    凝(こら)しつつ=「凝す」はじっと見つめる。
    盲(し)ひて=「しふ」(廃ふ)は器官の働きが
     なくなる意。「盲」は「めしひて」と読む
     べきだが、リズムの上で「め」をはぶいた
     もの。

作者・・北原白秋=きたはらはくしゅう。1885~19
    42。近代詩歌にすぐれた仕事を残す。詩集
    「邪宗門」歌集「桐の花」「黒檜」。

出典・・歌集「黒檜・くろひ」(笠間書院「和歌の解
    釈と鑑賞事典」)

1304


思へども いはでの山に 年を経て 朽ちや果てなん
谷の埋れ木       
                 藤原顕輔
       
(おもえども いわでのやまに としをへて くちや
 はてなん たにのうもれぎ)

意味・・あなたのことを心の中で思っていても言い出
    せずに年を経て、岩手の山の谷の埋れ木の如
    く朽ち果ててしまうのであろうか。

 注・・いはで=「言はで」と「岩手(陸奥国の歌枕)」を
     掛ける。

作者・・藤原顕輔=ふじわらのあきすけ。1090~1155。
    詞花和歌集の撰者。
 
出典・・千載和歌集・651。

1303


秋萩に 置きたる露の 風吹きて 落つる涙は
留めかねつも     
                山口女王

(あきはぎに おきたるつゆの かぜふきて おつる
 なみだは とどめかねつも)

詞書・・大伴家持に贈った歌。

意味・・萩の花に宿っている露が風に散るように、
    私があなた恋しさに流す涙は、はらはらと
    こぼれ落ちて留めることが出来ません。
    
    悲恋の涙を玉の露のように美しく詠んだ歌
    です。

作者・・山口女王=やまぐちのおおきみ。伝未詳。

万葉集・・1617。

1301


夕暮れは ものぞかなしき 鐘の音を あすもきくべき
身とし知らねば           
                  和泉式部

(ゆうぐれは ものぞかなしき かねのおと あすも
 きくべき みとしらねば)

意味・・夕暮れはなんと悲しいことだ。入相の鐘を
    明日も聞くことの出来る身だとは分からな
    いので。

    入相の鐘の音を聞いて詠んだ歌です。
    
    病気や事故、会社の倒産などで明日も今日
    と同じように鐘の音が聞けるとは限らない、
    という気持を詠んでいます。
    入相の鐘が明日も同じように聞けるとは限
    らないと思うと、この日この日を大切にし
    て生きて行かねば、という気持です。

    西行も同じような歌を詠んでいます。

   「待たれつる入相の鐘の音すなり明日もや
    あらば聞かんとすらむ」 (山家集)

   (今日聞くのが最後かと待たれた入相の鐘が
    聞こえて来る。もし明日も命があったなら
    再び同じ気持で聞くことであろう)
    
 注・・入相(いりあい)の鐘=夕暮れ時に鳴る鐘の
     音。人生の黄昏(たそがれ)を思わせる寂
     しさが伴います。
 
作者・・和泉式部=いずみしきぶ。生没年未詳。10

    09年中宮彰子に仕えた。
 
出典・・詞花和歌集・357。

1300
                 黒瀬戸(左手が鹿児島阿久根市、右手が長島町)


隼人の 薩摩の瀬戸を 雲居なす 遠くも我れは
今日見つるかも    
                長田王

(はやひとの さつまのせとを くもいなす とおくも
 われは けふみつるかも)

意味・・あの隼人の住む薩摩の瀬戸を、空の彼方
    の雲のように、遠くはるかな思いのあっ
    たあの瀬戸を、今日はじめて見ることが
    出来たぞ。

    遠く異郷の果てまで来て、薩摩の瀬戸の
    景観を見た感慨を詠んでいます。

 注・・隼人=九州の大隈・薩摩地方に住んで
      いた精悍な部族。
    薩摩の瀬戸=現在の黒瀬戸。天草諸島
     の最南の長島と鹿児島の阿久根との
     間の狭い海峡。

作者・・長田王=ながたのおおきみ。737没。
    近江守。正四位。
 
出典・・万葉集・248。


************** 名歌鑑賞 **************


若竹の 生い行く末を 祈るかな この世を憂しと
いとふものから
                紫式部

(わかたけの おいゆくすえを いのるかな このよを
 うしと いとうものから)

意味・・いやなことばかりの世の中。でも今はこの子が
    若竹のようにすくすく生きてくれますようにと
    ひたすら祈ります。

    幼児が熱をだしたので、疫病の兆候ではないか
    と心配して、祈って詠んだ歌です。

 注・・若竹=その年に生えた竹。ここでは我が児を暗
     示している。
    憂し=つらい、憂鬱。
    いとふ=厭う、嫌う。

作者・・紫式部=むらさきしきぶ。970~1016。源氏物
    語の作者。
 
出典・・紫式部集。

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                                          佐渡(配流地)・尖閣湾


**************** 名歌鑑賞 ****************


百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 
昔なりけり
                順徳院
           
(ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なお
 あまりある むかしなりけり)

意味・・宮中の古びた軒端の忍ぶ草を見るにつけても、
    偲んでも偲びつくせないほど慕(した)わしい
    ものは、昔のよき御代なのである。

    宮中の古い建物に生えている忍ぶ草によって
    象徴されるのは、皇室の権威の衰えであり、
    王朝の室町から武家の鎌倉への時代の変遷の
    中、過去の時代の繁栄ぶりと現在の衰退ぶり
    の嘆きを詠んでいます。

 注・・百敷=「大宮」にかかる枕詞。ここでは宮中。
    しのぶ=「偲ぶ」と「忍ぶ草」を掛ける。忍
     ぶ草は羊歯類の一種、邸宅が荒廃している
     さまを表現。
    なほ=やはり。
    あまりある=度を超している。ここでは、偲
     んでも偲びきれないの意。
    昔なりけり=皇室の栄えていた過去の時代。

作者・・順徳院=じゅんとくいん。1197~1242。
    後鳥羽天皇の第三皇子。承久の乱により佐渡
    に配流された。

出典・・続後撰集・1205、百人一首・100。



**************** 名歌鑑賞 ****************


皆人を 寝よとの鐘は 打つなれど 君をし思へば
寝ねかてぬかも     
                 笠女郎

(みなひとを ねよとのかねは うつなれど きみを
 しおもえば いねかてぬかも)

意味・・皆の者寝よという時の鐘は鳴っているが、
    あなたを思うと眠ろうにも眠れません。

    悩みを持たない世の常の人と比べて、
    ひとり、恋にもだえる気持ちを詠んだ
    歌です。
    その後、片思いだと観念して次の歌を
    詠んでいます。
   「相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後方に
    額づくがごと」(意味は下記参照)

 注・・鐘=時守が亥の刻(午後十時頃)、人の
     寝静まるべきとされ時に打つ鐘。
    かてぬ=・・できない。

作者・・笠女郎=かさのいらつめ。生没年未詳。
    大伴家持と交渉のあった女性歌人。

出典・・万葉集・607。

参考歌です。

相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後方に 
額づくがごと         
               笠女郎

(あいおもわぬ ひとをおもうは おおでらの がきの
 しりえに ぬかずくがごと)

意味・・互いに思わない人を一方的に思うのは、大寺
    の餓鬼を後方から額をこすりつけて拝んでい
    るようなものだ。

    片思いは仏ならぬ餓鬼に、しかも後方から拝
    むように、何のかいもないことだと、我が恋
    を自嘲するものです。

 注・・相思はぬ=片思いのこと。
    後方(しりえ)に=後から。

出典・・万葉集・608。 



*************** 名歌鑑賞 ***************


あはれにも たえず音する 時雨かな とふべき人も
とはぬすみかに   
                  藤原兼房

(あわれにも たえずおとする しぐれかな とうべき
 ひとも とはぬすみかに)

意味・・感心にもたえず音がしている時雨だなあ。
    当然訪ねて来るはずの人だって、いっこう
    に音沙汰のないこの住みかに。

    来てほしくない時雨がやって来るが、来て
    欲しい人は来ない。

    誰か遊びに来ないかなあ。

 注・・あはれ=しみじみとした趣、感心だ。

作者・・藤原兼房=ふじわらのかねふさ。1004~
    1069。播磨守・正四位。

出典・・後拾遺和歌集・380。


************** 名歌鑑賞 **************


信濃なる すがの荒野を 飛ぶ鷲の つばさもたわに
吹くあらしかな      
                 賀茂真淵

(しなのなる すがのあらのを とぶわしの つばさも
 たわに ふくあらしかな)

意味・・信濃の国にある須賀の荒野を飛ぶ鷲の翼も
    たわむほどに激しく吹く嵐であるよ。

 注・・すがの荒野=長野県松本市のあたり。

作者・・賀茂真淵=かものまぶち。1697~1769。
    万葉集などの古学の国文学者。本居宣長
    など門人を多数育成。

出典・・河出書房「蕪村・良寛・一茶」。

950


三日月の また有明に なりぬるや うきよにめぐる
ためしなるらん    
                 藤原教長

(みかづきの またありあけに なりぬるや うきよに
 めぐる ためしなるらん)

意味・・三日月が再び有明月となったが、こうして
    夜々に廻り廻る月が、人が憂き世に輪廻す
    る証しなのだろうか。


    人の世の栄落を月の満ち欠けに譬えている。

    栄えていても油断していると落ちぶれるし、
    落ちぶれていても努力精進していればまた

    栄えるものだ、と詠んでいます。

 注・・有明=夜明け近くまで出ている月。
    うきよ=憂き世。つらい世の中。
    めぐる=廻る。月が空を廻るの意と、人の
     生き続ける意を掛ける。輪廻する。
    ためし=試し。証拠、手本。

作者・・藤原教長=ふじわらののりなが。1109~ 。

    参議正四位下。保元の乱で常陸(むつ)に配
    流された。

出典・・詞花和歌集・351。

 



*************** 名歌鑑賞 **************


うづくまる薬の下の寒さかな
                   内藤丈草

(うずくまる くすりのもとの さむさかな)

前書・・ばせを翁の病床に侍りて。

意味・・師芭蕉の病状は重い。師の病を案じながら
    火鉢の薬釜のそばでうずくまっていると、
    寒さがひしひし迫ってくる。また心配の為
    心も寒い。

    芭蕉臨終の数日前の吟です。
    つのる不安を「寒さ」に込められています。

 注・・うづくまる=しゃがんで丸くなること。
    寒さ=冬の気温の寒さだけでなく、心理的
     な寒さも含めている。心の寒さ。

作者・・内藤丈草=ないとうじょうそう。1662~1704。
            尾張犬山藩士。後に遁世(とんせい・世を逃れ
    隠居すること)した。

出典・・丈草発句集(笠間書院「俳句の解釈と鑑賞辞典」) 

1298


今ぞ知る 二見の浦の 蛤を 貝合とて 
おほふなりけり

              西行

(いまぞしる ふたみのうらの はまぐりを かい
 あわせ
とて おおうなりけり)

意味・・今初めて分かったことだ。都では貝合わせと
    いって、この二見の浦の蛤を合わせて遊んで
    いるということが。

    相当の身分の有りそうな女性達がなにかあり
    げそうに貝を拾っている。貧しい海の生活者
    ならいざ知らず、が、身分の高い人達のする
    事としてふさわしくない。はて、どうしてだ
    ろうかと思っていると、都では貝合わせの遊
    戯がありその為に拾っている、と聞いて詠ん
    だ歌です。

 注・・二見の浦=三重県伊勢市の海岸。
    貝合=蛤の貝殻に絵や歌を書き、カルタ取り
     のようにして合わせる遊び。
    おほふ=覆う・被う、かぶせる。貝合わせを
       すること。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。鳥羽院の
    北面武士。23才で出家。

出典・・山家集・138。

1296



ありしにも あらずなりゆく 世の中に かはらぬものは
秋の夜の月           
                   明快

(ありしにも あらずなりゆく よのなかに かわらぬ
 ものは あきのよのつき)

意味・・昔のようでは無くなってゆくこの世の中で、
    変わらないものは秋の夜の月だけだ。

    自分の姿や世間の様子が昔と変わって行く
    中で、月の美しさだけは昔と変わらない羨
    ましさ、世の無常さを詠んでいます。

 注・・ありし=以前の。昔の。
    無常=全ての物が生滅変転して留まらない事。

作者・・明快=みょうかい。986~1070。 天台座主。


出典・・詞花和歌集・98。

1295


しらじらと 硝子戸とほる 光あり 夜をとほし座り
いる妻がみゆ
                 五味保義
 
(しらじらと がらすどとおる ひかりあり よをとおし
 すわりいる つまがみゆ)

意味・・白々と硝子戸を通して光がある。もう夜が明け
    ようとしている。一夜眠らずにじっと座ってい
    る妻が見える。

    何か異常な事のあった緊迫感を詠んでいます。
    思いつめている妻と、作者も夜を徹っしている
    出来事。例えば、非行しかけている息子・娘が
    日頃夜遊びをして遅く帰る、遅くなっても帰っ
    て来ていたが今日はとうとう帰って来ない。
    息子・娘の身が心配で寝られずに夜を明かした。

作者・・五味保義=ごみやすよし。1901~1982。京大
    国文科卒。大学講師。土屋文明に師事。
 
出典・・歌集「此岸集」(東京堂出版「現代短歌鑑賞辞
    典」)

***************** 名歌鑑賞 ****************


津の国の 難波の春は 夢なれや 葦の枯葉に
風渡るなり           
                西行

(つのくにの なにわのはるは ゆめなれや あしの
 かれはに かぜわたるなり)

意味・・津の国の難波のあの美しい春景色は
    夢だったのであろうか。今はただ、
    葦の枯葉に風が渡ってゆくばかりで
    ある。

    能因法師の「心あらん人にみせばや
    津の国の難波あたりの春のけしきを」
    を本歌としています。
           (意味は下記参照) 
  
 注・・津の国の難波=摂津の国の難波の浦。
     今の大阪市。
    夢なれや=夢であったのか。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。
    新古今集には一番入選歌が多い。
 
出典・・新古今和歌集・625。

本歌です。

心あらむ 人にみせばや 津の国の 難波あたりの
春の景色を              
                 能因法師

(こころあらむ ひとにみせばや つのくにの なにわ
 あたりの はるのけしきを)

意味・・情趣を理解するような人に見せたいものだ。
    この津の国の難波あたりの素晴しい春の景色を。

    心あらん(好きな)人の来訪を間接的に促した歌です。
 
作者・・能因法師=のういんほうし。988~?。1014年頃
    出家。中古三十六歌仙の一人。

出典・・後拾遺和歌集・43。 

1293
背筋を伸ばして若々しく


日々日々に時雨の降れば人老いぬ
                     良寛
 
(ひびひびに しぐれふれば ひとおいぬ)
 
意味・・このところ、毎日毎日冷たい時雨が降っては
    通り過ぎてゆくので、気持ちまで晴れること 
    がない。そため、急に年をとってしまったよ
    うに、衰えたことだ。

        こんな事ではだめなんだぞ、という歌です。
          昔から、成功した人で、しょんぼりして背中
    をすぼめて歩いている人はいない。どんなに
    苦しい時でも、どんなに辛い時でも、元気い
    っぱい胸を張って歩いていた。ちょっと物事
    がうまくいかなかったり、失敗したからとい
    って落ち込んだり、くよくよ考えたりしてい
    てはいけない。いつでも胸を張っていなけれ
    いい仕事は出来ない、と。
 
 注・・人老いぬ=雨にぬれまいとして、前かがみに
     なった人物の表現。年をとる、衰えるの意
     味も兼ねている。
 
作者・・良寛=1758~1831。
 
出典・・谷川敏朗著「良寛全句集」。




*************** 名歌鑑賞 ***************


このままに 住吉といひて 古郷は 忘れ貝をも
いざや拾はん
                 三条西実隆
         
(このままに すみよしといいて ふるさとは わすれ
 がいをも いざやひろわん)

意味・・このままにここは住みよい所と言って滞在しよう。
    故郷は忘れるように、さあ忘れ貝を拾おうか。

    住吉社に詣でた後、松原の浜に出て、貝拾いなど
    して遊びながら詠んだ歌です。

 注・・住吉=大阪市住吉区一帯。「住み良し」を掛ける。
    古郷=「古」に「経る」を掛ける。


作者・・三条西実隆=さんじょうにしのさねたか。1455~
    1537。52歳で内大臣。62歳で出家。
 
出典・・家集「再昌草」(岩名書店「中世和歌集・室町篇」)

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