名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2019年09月


 
書かざりし日のあざやかに日記果つ
                    田口紅子

(かかざりし ひのあざやかに にっきはてつ)

意味・・日記が一冊終わりました。振り返ってページを
    繰っていると、白紙の日が幾日かあります。書
    けない事があったわけではありません。書かな
    かったのです。日記に残さなくても決して忘れ
    ることのない一日です。
 
      書かなかった事の一例。
    今日の出来事は一生忘れられない。日記に書か
    なくても忘れたくても忘れられない。
    生まれて一ヶ月の乳児の検診に行って診て貰う
    と、医者からむごい事を言われた。「赤ちゃん
    の耳は聞こえてないですね」。「本当ですか、
    間違いじやないですか」「いや、本当に聞こえ
    ていません」「治りますか」「治らないでしょ
    う」。
    どうしたらいいのだろう。一晩中泣き明かして
    も気が治まらない。

作者・・田口紅子=たぐちべにこ。1948~ 。鷹羽狩
    行に師事。1981年毎日歌壇嘗受賞。

出典・・メールマガジン・黛じゅん『愛の歳時記』。


 
浅緑 花もひとつに 霞つつ おぼろに見ゆる
春の夜の月
              菅原孝標女 

(あさみどり はなもひとつに かすみつつ おぼろに
 みゆる はるのよのつき)

意味・・浅緑色の霞に桜の花も一つになって霞み、おぼ
    ろに見える春の夜の月、その風情に心が惹かれ
    ます。

    春と秋のどちらの情趣に心が惹かれるかと論争
    した折に詠んだ歌です。、

 注・・浅緑=薄緑、霞んでいる空の色をいった。
    花も=桜の花も。

作者・・菅原孝標女=すがはらのたかすえのむすめ。生
     没年未詳。1060頃の人。「更級日記」の著者。

出典・・新古今和歌集・56。


 
いしばしる 滝なくもがな 桜花 手折りてもこむ
見ぬ人のため
                詠み人しらず
                
(いしばしる たきなくもがな さくらばな たおりても
 こん みぬひとのため)

意味・・ほとばしり流れる急流がなければよいのになあ。
    あの川向こうの桜の花を折り取って来ようものを。
    この美しい桜を見ない人のために。

 注・・いしばしる=滝の枕詞。流水が岩にぶつかり激
     しく飛沫をあげること。
    滝=急流。
    なくもがな=願望を表す。なければいいのに。

出典・・古今和歌集・54。

1400

苦しくも 降り来る雨か 三輪の崎 狭野の渡りに
家もあらなくに         
                 長意吉麻呂

(くるしくも ふりくるあめか みわのさき さのの
 わたりに いえもあらなくに)

意味・・困ったことにひどく降ってくる雨だ。三輪の
    崎の狭野の渡し場には雨宿りする家もないの
    に。

    旅の途中で雨に降られて困った気持を詠んで
    います。

 注・・三輪の崎=和歌山県新宮市の三輪崎。
    狭野=三輪崎の南の地。
    渡り=川を横切って渡るところ。

作者・・長意吉麻呂=ながのおきまろ。生没年未詳。

出典・・万葉集・265。


3467 (2)

 
たづねつる 宿は霞に うづもれて 谷の鶯
一声ぞする
                 藤原範永 
(たずねつる やどはかすみに うずもれて たにの
 うぐいす ひとこえぞする)

意味・・霞に埋もれた家を訪ねあてると、折から谷の
    鶯の一声が聞こえて来る。

         霞のかかった春の風景。そこに鶯の鳴き声が
    聞こえる。風雅な景色を詠んでいます。

作者・・藤原範永=ふじわらののりなが。生没年未詳。
     正四位摂津守。
 
出典・・後拾遺和歌集・23。


忘るるやと 物語りして 心遣り 過ぐせど過ぎず
なほ恋にけり
                詠み人知らず

(わするるやと ものがたりして こころやり すぐせど
 すぎず なおこいにけり)

意味・・忘れることもあろうかと、人と世間話などをして
    気を紛らわせて、物思いを消してしまおとしたが、
    一層恋心は募(つの)るばかりである。

    自分一人でじっとしているよりも、人と話してい
    るうちに気が紛れて来ることもあるから、世間話
    をしてやり過ごそうと思ったが、そうやって見て
    も、やはりあの人が恋しい。

    何か別の事に打ち込んでいる間に忘れてしまうと
    いう恋は本当の恋ではないのかも知れない。

 注・・忘るるやと=(恋の苦しみを)忘れる事が出来るか
     なあと。
    物語り=世間話をすること。
    心遣(や)り=心をそちらの方に向ける。

出典・・万葉集・2333。
 


 
初花の ひらけはじむる 梢より そばへて風の
わたるなりけり
            西行
            
(はつはなの ひらけはじむる こずえより そばえて
 かぜの わたるなりけり)

意味・・桜の初花が開きはじめる梢から、もうすぐ散る
    ことを思わせる風が戯れるごとく吹きわたって
    いるよ。

    美しく咲いている期間は短いのに、まして風が
    吹いて早く散らさないで欲しい。
    自分の美しさを保つのは難しいものだ。

 注・・そばへ=戯へ。たわむれる、風が軽やかに吹く。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。

出典・・山家集・148。

たのめつつ 逢はで年経る 偽りに 懲りぬ心を
人は知らなん
                 藤原仲平
            
(たのめつつ あわでとしふる いつわりに こりぬ
 こころを ひとはしらなん)

意味・・そのうちに逢いましょうと何度も期待をさせて
    逢いもしないで歳月を過ごすという偽りにも、
    懲りずにお慕いする私の心をあなたは知ってい
    ただきたいものです。

 注・・たのめつつ=頼りにさせる、期待させる。

作者・・藤原仲平=ふじわらのなかひら。875~945。
    左大臣。

出典・・後撰和歌集・967。

1399


萌え出づる 木の芽を見ても 音をぞ泣く かれにし枝の
春を知らねば
                    兼覧王女

(もえいずる このめをみても ねをぞなく かれにし
 えだの はるをしらねば)

詞書・・かれにける男のもとに,住みける方の庭の木
    の枯れたりける枝を折りてつかはしける。

意味・・春になって萌え出る木の芽が見られるように
    なりましたが、私は声を上げて泣いておりま
    す。枯れた枝は春になっても萌え出ることが
    ないのと同様に、あなたに離(か)れられた私
    に春は関係ありませんので。

 注・・かれ=「枯れ」と「離れ」を掛ける。

作者・・兼覧王女=かねみのおおきみのむすめ。伝未
    詳。

出典・・後撰和歌集・14。 1399

6677

 
谷川の うち出づる波も 声たてつ うぐひすさそへ
春の山風
                 藤原家隆

(たにがわの うちいずるなみも こえたてつ うぐいす
 さそえ はるのやまかぜ)

意味・・谷川の氷を破って勢いよく流れ出る白波も声を
    たてている。さあ、お前も鳴けよと、うぐいすを
    誘い出しておくれ。梅の香を運ぶ春の山風よ。

    選びぬかれた言葉で技巧を凝らして詠んだ歌です。
    波の白は視覚、波の音、期待するうぐいすの声
    は聴覚、そして、春風は頬にさわる触覚であり、
    梅の香をもたらす臭覚である。

 注・・うち出づる波=解けた氷の間をほとばしり出る
     波。
    春の山風=花の香を運ぶという春の山風。花は
     早春の香りの高い花で梅の花。

作者・・藤原家隆=ふしわらのいえたか。1158~1237。
    新古今和歌集選者の一人。

出典・・新古今和歌集・17。

1397

荒栲の 布衣をだに 着せかてに かくや嘆かむ
為むすべをなみ   
                 山上憶良

(あらたえの ぬのきぬをだに きせかてに かくや
 なげかん せんすべをなみ)

意味・・お粗末な布製の着物でさえも子供に着せる
    ことが出来ないで、他にどうしょうもない
    ので、ただこのように嘆いてばかりいる事
    だろうか。(金持ちはどっさり不要の着物を
    しまっているのになあ)

    この歌は貧乏人の立場に立って詠んだ歌で
    次の歌は金持ちの側に立って詠んだ歌です。

   「富人の家の子どもの着る身なみ腐し捨つらむ
    絹綿らはも」  (意味は下記参照)

 注・・荒栲(あらたえ)=楮(こうぞ)の繊維による
     目の粗い布。
    着せかてに=着せかねて。可能の意の「かつ」
     に打ち消しの助動詞「ぬ」が接した形。
    すべをなみ=術を無み。頼るべき手段が無い。

作者・・山上憶良=やまのうえのおくら。660~733。
    遣唐使として唐に渡り、帰朝後、筑前守となる。
 
出典・・万葉集・901。

参考歌です。
富人の 家の子どもの 着る身なみ 腐し捨つらむ 
絹綿らはも           
                 山上憶良

(とみひとの いえのこどもの きるみなみ くさし
 すつらん きぬわたらはも)

意味・・物持ちの家の子供が着あまして、持ち腐れに
    しては捨てている、その絹や綿の着物は、ああ。
    (もったいない。粗末な布の着物すら着せら
    れなくて嘆いている人もいるというのに)

 注・・なみ=無み、無いために。
    着る身なみ=着物の数に対して、着る人が
       少ない状態。
    はも=深い感動の意を表す、・・よ、ああ。
 
出典・・万葉集・900。 
 

2130

 わが宿の 梢ばかりと 見しほどに よもの山辺に
春はきにけり
                  源顕基

(わがやどの こずえばかりと みしほどに よもの
 やまべに はるはきにけり)

意味・・わが家の梢だけに花が咲いて、春が来ている
    と思っているうちに、あちこちの山のあたり
    に山桜が咲き春が来たことだ。

 注・・梢ばかりと=(桜の)木の枝先に(花が咲いて春
     が来た)と。
    よもの山辺=四方の山辺。あちらこちらの山の
     あたり。

作者・・源顕基=みなもとのあきもと。1000~1047。
    従三位権中納言。

出典・・後拾遺和歌集・106。

1395

干し柿の 暖簾を見れば 思い出す ひとつひとつに
祖母の思いを
                 今井まみ

(ほしがきの のれんをみれば おもいだす ひとつ
 ひとつに そぼのおもいを)

意味・・干し柿の暖簾、なつかしい風景である。柿を
    一つ一つ丹念にむいて下げていた祖母。干し
    柿を作りながら、私に色々と話をしてくれた。
    私も手伝いながら、祖母の話を聞きながら干
    し柿の暖簾を作った。今、干し柿が暖簾のよ
    うに下がっているのを見ると、あの頃がなつ
    かしく思いだされて来る。

作者・・今井まみ=今井まみ。‘00当時、岐阜県益田南
    高校二年、17才。

出典・・大滝貞一著「短歌青春」(東洋大学・現代学生
    百人一首)。
 

1391 (2)

 
天つ空 ひとつに見ゆる 越の海の 波をわけても
帰るかりがね
                 源頼政

(あまつそら ひとつにみゆる こしのうみの なみを
 わけても かえるかりがね)

意味・・空と海がひとつになって見分けがつかない、は
    るか彼方の越の海の、荒い波路を乗り越えてで
    も帰って行く雁だなあ。
 
    昔のよき時代に帰りたい作者の想いを帰雁に思
    い入れている。

 注・・越の海=北陸の海。「来し」を掛ける。
    波をわけても=帰るべき季節になったので、北
     国の荒い波路を乗り越えてでも。

作者・・源頼政=みなもとのよりまさ。1104~1180。
    平氏と対立し宇治川の合戦に負けて自害した。

出典・・千載和歌集・38。

1389

 
春なれば 花の馬酔木も 咲きにけり 母とはなりし
そのかみの子よ
                  濱田盛秀
 
(はるなれば はなのあしびも さきにけり ははとは
 なりし そのかみのこよ)

意味・・今は春なので、馬酔木の木も、枝々に壺状の白
    い花をいっぱい咲かせている。嫁いで行って、
    もう幸せな母になっている、あの頃の娘(こ)よ。

    嫁いで行き人妻となり、子供を生み、今は幸せ
    な母となっている昔の恋人のことを、長い冬籠
    りを過ぎて春を告げる、真っ白な馬酔木の花の
    盛りを見るにつけて、その幸せを心中深く祈り
    つつ、淋しくもなつかしく連想した歌です。

 注・・馬酔木(あしび)=つつじ科の常緑低木。早春に
     白色でつぼ状の小さな花が咲く。葉は有毒。
    そのかみの子=あの頃の娘。昔の恋人あるいは
     自分の方で恋しく思っていた人。

作者・・濱田盛秀=はまだもりひで。詳細未詳。
 
出典・・新万葉集・巻六。

5926

 
めせやめせ ゆふげの妻木 はやくめせ 帰るさ遠し 
大原の里
                   香川景樹
              
(めせやめせ ゆうげのつまぎ はやくめせ かえるさ
 とおし おおはらのさと)

意味・・さあ、お買い下さい、お買い下さい。夕飯を炊く
    薪をはやくお買い下さい。私の帰って行く所は道
    遠い大原の里です。

    洛北(京都の北)から妻木を売りに来る大原女は
    古くから有名です。

 注・・妻木=つまき、薪のこと。

作者・・香川影樹=かがわかげき。1768~1843。小沢蘆
    庵と親しく、又賀茂真淵と歌論で対立。
 
出典・・家集「桂園一枝  」(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)

1386
              2010年に復元された大極殿・背後は東大寺
 
はたなかの かれたるしばに たつひとの うごくともなし
ものもふらしも
                    会津八一
 
(畑なかの 枯れたる芝に 立つ人の 動くともなし
 もの思ふらしも)

詞書・・平城宮址の大極殿芝にて。

意味・・畑の中の枯れた大極殿址の芝に立つ人は
    動こうともせずじっと佇んでいるが、け
    だし物思いに耽っているのであろう。

    奈良時代の大極殿の址が、今見ると「畑
    なかの枯れた草」であることに、感慨を
    催して詠んだ歌です。

 注・・平城宮・大極殿=今の奈良県生駒郡に710
     年頃造営され、784年長岡京に遷都され
     るまで70年間、奈良の都として繁栄した。
    大極殿芝=大極殿址の土壇に生えている草。

作者・・会津八一=あいづやいち。1881~1956。
    早大文科卒。文学博士。美術史研究家。歌
    集「鹿鳴集」「南京新唱」。
 
出典・・歌集「南京新唱」。
  

1385 (2)

 
踏み分けし 昨日の庭の跡もなく また降り隠す 
今朝の白雪
                日野俊光
              
(ふみわけし きのうのにわのあともなく またふり
 かくす けさのしらゆき)

意味・・踏み分けた昨日の庭の雪に、その足跡もなくして
    しまうように、また降り隠す今朝の白雪よ。

    足跡のない庭の雪を美しいと詠んでいます。

作者・・日野俊光=ひののとしみつ。12360~1326。正二
    位権大納言。鎌倉期の歌人。
 
出典・・玉葉和歌集・961。


いにしへの 朽木のさくら 春ごとに あはれ昔と
思ふかひなし
                  源実朝 

(いにしえの くちきのさくら はるごとに あわれ
 むかしと おもうかいなし)

意味・・朽木となった昔の桜は、春ごとに、ああ、昔
    は美しく咲いただろうに、と偲ばせるが、今
    や見る甲斐もないことだ。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1218。
     28歳。12歳で鎌倉幕府の征夷大将軍となる。
     鶴岡八幡宮で暗殺された。

出典・・金槐和歌集・709。
 

1382


 のどかにも やがてなり行く けしきかな 昨日の日影
今日の春雨
                    伏見院

(のどかにも やがてなりゆく けしきかな きのうの
 ひかげ きょうのはるさめ)

意味・・(もうすぐ四月)早くものどかになって行く様子
    だなあ。昨日のうららかな日ざし、今日のこの
    静かに降る春雨。

 注・・やがて=すぐさま、ただちに、まもなく。


作者・・伏見院=ふしみいん。1265~1317。「玉葉和歌
    集」を撰集させた。


 
なんでもない会話 なんでもない笑顔 なんでもないから
ふるさとが好き
                     俵万智

(なんでもないかいわ なんでもないえがお なんでも
 ないから ふるさとがすき)

意味・・ふるさとに住んでいた頃には気が付かなかった、
    なんでもない会話に聞く方言の暖かさや、なん
    でもない笑顔に見る町の人のやさしさ。なんで
    もないが風のさわやかさや陽ざしのやわらかさ
    を感じる。久しぶりに帰郷してみると、そんな
    自然体の素晴らしさが心に沁みる。だから故郷
    は好きだ。

作者・・俵万智=たわらまち。1962~ 。早稲田大学在学
    中に佐々木幸綱に出会う。歌集「サラダ記念日」。

出典・・「サラダ記念日」。


 
霞晴れ 緑の空も のどけくて あるかなきかに 
遊ぶ糸遊
               詠み人知らず

(かすみはれ みどりのそらも のどけくて あるか
 なきかに あそぶいとゆう)

意味・・春のうららかな日、霞があがり、緑の色に晴れた
    空は、淡い陽炎(かげろう)がゆらゆらしてのどか
    なものだ。    

 注・・糸遊(いとゆう)=陽炎(かげろう)。春のよく晴れた
     日、地上から水蒸気が立ち、物の形がゆらゆらと
     揺らいで見える現象。

出典・・和漢朗詠集・415。


 
来ん世には 心の中に あらはさん あかでやみぬる
月の光を
                 西行 

(こんよには こころのうちに あらわさん あかでや
 みぬる つきのひかりを)

意味・・来世には心の中に現そう。この世ではいくら
    見ても見飽きることのなかった月の光を。

    月輪観(がちりんかん)を詠んでいます。「求
    道者が、己の心は円満な月の如く、円満清浄
    であって、その光明があまねく世界を照らす
    と観ずる法をいう。密教では誰もが本来仏性
    を具有すると説く。その仏性は様々なものに
    邪魔されて普段は隠れているけれども、努力
    して障害を取り除けば本有の仏性が現れて、
    誰でも覚者になり得ると教える。この本有の
    仏性を心月輪(しんがちりん)ともいう」、すな
    わち「行者が自己の内奥に満月の如く輝く仏
    性が存在することを自覚するための観法」。

 注・・心の中にあらはさん=心中に月を現ずる。心
     月輪(しんがちりん)。心が月のごとく円満
     清浄に輝いていると自覚すること。月輪観
     による表現。
    あかでやみぬる=この世で最後まで見飽きず
     に終わったの意。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1191。俗名佐藤義
     清。下北面の武士として鳥羽院に仕える。
     1140年23歳で財力がありながら出家。出家
     後京の東山・嵯峨のあたりを転々とする。
     陸奥の旅行も行い30歳頃高野山に庵を結び
     仏者として修行する。家集「山家集」。

出典・・千載和歌集・1023。


 
頼もしき 誓ひは春に あらねども 枯れにし枝も
花ぞ咲きける
                 平時忠 

(たのもしき ちかいははるに あらねども かれにし
 えだも はなぞさきける)

詞書・・観音の誓いを思ひて侍(はべり)ける。

意味・・頼もしい観音への祈願は、春ではなくとも枯枝
    にも花を咲かせるものだ。
    観音に祈願するとどんな病気でも治るものだ。

    どんな病気でも必ず治る、必ず治して見せると
    いう気の持ち方が、自己治癒力を高めるという。

 注・・観音の誓い=仏や菩薩が人の病気を治し救おう
     とする願い。
    枯れにし枝・・=どんなに病んでいてもきっと
    治るの意。

作者・・平時忠=たいらのときただ。1130~1189。正二
     位・大納言。平氏滅亡後能登に流される。

出典・・千載和歌集・1238。

1380

 
物として はかりがたしな 弱き水に 重き舟しも
浮かぶと思へば
                  京極兼為
             
(ものとして はかりがたしな よわきみずに おもき
 ふねしも うかぶとおもえば)

意味・・物というものは量りがたいものである。力の無い
    水に重い舟が浮かぶことを思うと。

    「表面的な形だけでは物事の本性は量りがたい」
    ということで、「荀子」の次の言葉によってい
    ます。
    「君者舟也、庶人者水也、水則載舟、水則覆舟」
    により(意味は下記参照)、舟と水との相関関係を
    通して、外見の強弱・軽重でなく、物それぞれの
    本性とその相互の微妙な均衡によって宇宙の調和
    が保たれているという真理を歌っています。
    舟と水ー君と臣ー伏見院と兼為、と連想し、軽い
    臣(兼為)が重い君(伏見院)を支えてきた自負、舟
    も水を信じて歌壇、政界に正しい道を求めてきた
    相互の均衡への感動を詠んでいます。

 注・・伏見院=1265~1317。弟2代天皇。鎌倉期の歌人。

作者・・京極兼為=きょうごくのかねため。1254~1332。
    伏見院の近臣として活躍するが、排斥を受け土佐に
    流された。鎌倉期の歌人。玉葉和歌集の選者。

出典・・風雅和歌集・1727。

荀子の言葉です。

「君者舟也、庶人者水也、水則載舟、水則覆舟」

君なる者は舟なり、庶人(しょじん)なる者は水なり、水は
則(すなわち)舟を載せ、水は則(すなわち)舟を覆(くつがえ)
す。

たとえば君主は舟であり、民衆は水である。水は舟を浮かべ
もするし、転覆させもするのである。民衆が政治を不満とし
て騒ぐ時には、君主は安穏とその地位にいることなど出来な
い。

5968 (2)
               墨縄を用いて線を引く大工・画面下
 
とにかくに 物は思はず 飛騨匠 うつ墨なはの
ただ一筋に           
                柿本人麿

(とにかくに ものはおもわず ひだたくみ うつすみ
 なわの ただひとすじに)

意味・・とにかく他の事は思わないで、飛騨の匠が
    打つ墨縄の筋が一直線であるごとく、ただ
    一筋にあの人のことを思おう。

 注・・墨なは=墨縄。墨つぼと麻糸と錐からなる
     大工道具で木材・石の表面に線をつける
     のに使う。

作者・・柿本人麿=かきもとのひとまろ。生没年未
    詳。山部赤人と並ぶ万葉歌人。

 出典・・拾遺和歌集・990。 
 

1374 (2)

 
紀の国や 由良の湊に 拾ふてふ たまさかにだに 
あひ見てしがな          
                藤原長方

(きのくにや ゆらのみなとに ひろうちょう たまさか
 にだに あいみてしがな)

意味・・紀の国の由良の湊で拾うという美しい玉、その
    たまにでもいいから逢いたいものだなあ。

 注・・紀の国=和歌山県。
    てふ=「といふ」の縮まった形。
    たまさか=「玉」と「たまに」を掛ける。
    玉=美しい小石や貝殻。真珠。
 
作者・・藤原長方=ふじわらながかた。1138~1191。
    従二位権中納言。藤原定家の従弟にあたる。
 
出典・・新古今和歌集・1075。

8433


 
このもだえ 行きて夕べの あら海の うしほに語り
やがて帰らじ
                  山川登美子
             
(このもだえ ゆきてゆうべの あらうみの うしおに
 かたり やがてかえらじ)

意味・・この悶えている気持ちを訴えるために夕方、海辺に
    行き、荒れた海の潮に向かって語り、そのまま私は
    この世に帰るまい。

    悶え苦しんでいる今の私の気持ちを人に言うに言え
    ない。そうは言ってもこのまま胸にしまっておけな
    い程に苦しい。そこで荒れ狂った海に向かって、思
    い切り辛い心の内を皆吐き出してしまったならいつ
    死んでもよい。
    
 注・・もだえ=悶え。思い悩み苦しむ。

作者・・山川登美子=やまかわとみこ。1879~1909。29歳。
    与謝野鉄幹創刊の「明星」の社友。共著「恋衣」。
 
出典・・歌集「恋衣」。


 
立てそむる 志だに たゆまねば 竜の顎の 玉も
取るべし
             
(たてそむる こころざしだに たゆまねば りゅうの
 あぎとの たまもとるべし)

意味・・当初に立てた志に向かって、たゆまずに努力して
    行けば竜のあごにあるとされるおめでたい玉さえ
    も、取ることが出来るのだ。

    自分が何をやりたいのか。これを見つける事が、
    全ての道の第一歩。志、目標、やるべき事、やり
    たい事、憧れ・・・。自分に向かい合って,先ず
    自分の行くべき道を見つける。これという志を立
    てたなら、もうそれは半分は成功したも同然。後
    は、日々のたゆまぬ努力があるのみ。そうすれば、
    困難と思われる事でさえも、いつの日かきっと手
    に入れる事が出来るであろう。 

 注・・竜の顎(あぎと)=竜のあご。昔は竜のあごには美
     しい玉があるとされ、入手困難とされていた


 
わが恋は 吉野の山の おくなれや 思ひいれども
あふ人なし
                 藤原顕季
          

(わがこいは よしののやまの おくなれや おもい
 いれども あうひとなし)

意味・・私の恋は吉野の山の奥のようなものだからで
    あろうか、吉野の山奥に入っても人に出会わ
    ないように、私もいくら深く愛しても逢い契
    ろうとする人はいない。

 注・・なれや=・・だからであろうか。
    あふ=会ふ、逢う。「会う・人と出会う」と
     「逢う・結婚するの意」を掛ける。

作者・・藤原顕季=ふじわらのあきすえ。1055~1123。
    修理大夫・正三位。

出典・・詞花和歌集・212。

このページのトップヘ