名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2019年12月


 
みやこべを のがれきたれば ねもごろに しおうち
よする ふるさとのはま
                    会津八一

(都べを 逃れきたれば ねもごろに 潮うち寄する
 故郷の浜)

意味・・焔に包まれた都をやっとの思いで逃れて来て
    みると、この故郷の浜辺は、昔と変わらずに
    親しくやさし気に波が打ち寄せている。

    空襲で罹災し一切を失った昭和20年の作です。
    少年時代に親しんだ潮の香も懐かしい故郷の
    浜辺に、降り立った安らぎと安堵の思いを詠
    んでいます。

 注・・ねもごろに=ねんごろに。互いに親しみあう
     ようす。

作者・・会津八一=あいづやいち。1881~1956。
    早大文科卒。文学博士。美術史研究家。

出典・・歌集「寒灯集」(桜楓社「現代名歌鑑賞事典)


 
たのしみは 空暖かに うち晴れし 春秋の日に
出でありく時
                 橘曙覧

(たのしみは そらあたたかに うちはれし はるあき
 のひに いでありくとき)

意味・・私の楽しみは、暖かに気持ちよく晴れわたった
    春、秋の季節に、どこへということもなく散歩
    に出かける時です。うららかな日の、何と心豊
    なそぞろ歩きなんでしょ。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。18121868。早く
    父母に死に分かれ、家業を異母弟に譲り隠棲。
    福井藩の重臣と親交。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」


 
かくのみに ありけるものを 萩の花 咲きてありやと
問ひし君はも
                  舎人余明軍

(かくのみに ありけるものをはぎのはな さきて
 ありやと といしきみはも)

詞書・・大納言大伴旅人がお亡くなりになった時の歌。

意味・・今思えば、このように死の床にあったものを、
    萩の花はもう咲いたかとお尋ねになった君は
    今はもういない・・ああ。

 注・・かくのみに=所詮は死の床になることでしか
     なかったのに、の意。
    はも=眼前に存在しないものを思いやる詠嘆。

作者・・舎人余明軍=とねりよのみょうぐん。百済系
    の人物。舎人は天皇・皇族などのそばに仕え
    て雑事をする人。

出典・・万葉集・455。


 
河上の ゆつ岩群に 草生さず 常にもがもな
常処女にて
               吹苳刀自

(かわのえの ゆついわむらに くさむさず つねにも
 がもな とこおとめにて)

意味・・川の流れの、清らかな岩々に草が生えずみず
    みずしいように、いつまでも若く清純な少女
    のままでいたい。

 注・・ゆつ岩群=「ゆつ」は神聖・清浄の意。神聖
     な岩石の集まり。
    草生(む)さず=川の流れの中にあるので雑草
     が生えない状態を言う。
    もがもな=「もがも」は他への希望を表す。
     ・・があればいいなあ。「な」は詠嘆を
     表す。・・だといいなあ。
    常処女(とこおとめ)=永遠に若く清純な少
     女。

作者・・吹苳刀自=ふふきのとじ。伝未詳。刀自は女
     性を尊敬して呼ぶ語。

出典・・万葉集・22。


 
昨日まで 何ともきかぬ 荻のはに けふよりかなし
秋の初かぜ
                 木下長瀟子

(きのうまで なんともきかぬ おぎのはに きょう
 よりかなし あきのはつかぜ)

意味・・昨日まで何とも特別な思いを抱かずに聞いた
    荻の葉の音だが、秋の初風が吹いて音を立て
    る今日からは哀愁が感じられる。

 注・・荻=イネ科の多年草。水辺や原野に秋に穂を
     出す。ススキによく似ている。
    秋の初風=夏の名残が消えないものの、明ら
     かに秋の風情を感じさせる風。

作者・・木下長瀟子=きのしたちようしょうし。1569
    ~1649。秀吉の近臣として厚遇された。若狭
    小浜の城主。

出典・・小学館「近世和歌集」。


 
いづくにも 今宵の月を 見る人の 心やおなじ 
空にすむらん         
                 藤原忠教

(いずくにも こよいのつきを みるひとの こころや
 おなじ そらにすむらん)

意味・・どこでも今夜の望月を眺めている人の心は、
    同じ空のもとにあって、月のように澄んで
    いるだろうか。
    澄んだ心で見て欲しいものだ。

    月自体ではなく、それを見る人の心に焦点を
    合わせて、望月の明月を詠んだものです。

 注・・今宵の月=明月(澄み渡った明るい月)をさす。
    すむ=月光が澄むと人の心が澄むと住むを掛
       ける。

作者・・藤原忠教=ふじわらただのり。1076~1141。
    正二位大納言。

出典・・金葉和歌集・182。


 
大という 字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて
帰り来れり
                 石川啄木

(だいという じをひゃくばかり すなにかき しぬことを
 やめて かえりきたれり)

意味・・大という字を百あまりも砂に書いているうちに
    心も慰んで、自殺することをやめて帰って来た。

    大,大・・大空、大海・・大きな山、川、家・・
    大きい・気持ち、態度、振る舞い、器、考え・・
    大きな財産、大きな力・・。

    私は若い。若いということは未来がある。それ
    だけですでに大きな財産だ。大きな力だ。苦労
    や悲しみもあろうが希望もあり楽しみもあるも
    のだ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。18861912
      26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻
    に師事するために上京。

出典・・歌集「一握の砂」。

1559

久かたの 天つ雲いの よそにても 友はありけり
秋のよの月
                 千草有効

(ひさかたの あまつくもいの よそにても ともは
 ありけり あきのよのつき)

意味・・大空の雲の彼方にも友はいるものだなあ。
    秋の夜の月よ。

    地上には名月をともに見る友がいる。その
    上に、心を慰め清々しくしてくれるので、
    月までも友人だといいたい。

作者・・千草有効=ちぐさありこと。1797~1854。
    正三位左近衛権中将。

出典・・小学館「近世和歌集」。

 


 
1558

空に向きて 羽ひろげたる 鳥のごと 辛夷は咲けり
卒業の季
                  佐藤靖子

(そらにむきて はねひろげたる とりのごと こぶしは
 さけり そつぎょうのとき


意味・・空に向かって白い翼を広げた鳥のように、辛夷の
    花が咲いている、卒業のこの時季に。

    平成二年に詠まれた歌で、この時作者は短大二年
    生です。
    鳥のイメージが象徴的で、あたかも遠い未来に向
    かって羽ばたくように感じられ、卒業の季節の喜
    びを歌っています。

 注・・辛夷(こぶし)=木蓮科の木。3月から4月に開花
     する。つぼみが開く直前の形が子供のこぶしに
     似ている。葉に先立って開花する。

作者・・佐藤靖子=生没年未詳。平成二年当時学習院女子
    短大生。

出典・・短歌青春(東洋大学「現代学生百人一首」)

3153

 
真砂なす 数なき星の 其の中に 吾に向ひて
光る星あり
                正岡子規
             
(まさごなす かずなきほしの そのなかに われに
 むかいて ひかるほしあり)

意味・・砂のように無数に散りばめられた星、その中に
    私に向かって光っている星がある。

    吾に向ひて光る星・・・。

    たらちねの 母がなりたる 母星の 子を思ふ光
    吾を照らせり           正岡子規

 注・・たらちねの=「母」、「親」の枕詞。

作者・・正岡子規=まさおかしき。1867~1902。35歳。
    東大国文科中退。俳句、短歌の革新運動を推進。
    写生による事を主張し門下の伊藤左千夫、長塚節
    に継承。
 
出典・・竹乃里歌。

1557
奈計ゝ登天 月也八物遠 思八春留 
         加古知 加保奈留 我涙可奈

嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる 
わが涙かな
                 西行法師 
        
(なげけとて つきやわものを おもわする かこち
 がおなる わがなみだかな)

意味・・「嘆け」と言って、月は私に物思いをさせる
    のか、いや、そうではない。つれない恋人の
    せいだ。それなのに月のせいにして、うらめ
    しそうな顔つきで流れ落ちる私の涙であるこ
    とだ。

    秋の月は次の歌に歌われるように、悲哀の季
    節として、和歌の世界では一般的にとらえら
    れています。

   「月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが
    身一つの 秋にはあらねど」(古今集・193) 

    なお、物思いは、かなわぬ恋の嘆き悲しみで
    す。

 注・・やは=反語の意を表す。・・・だろうか、いや
     ・・ではない。
    かこち顔=他のせいにするような顔つき。

作者・・西行法師=さいぎょうほうし。1118~1190。
     「山家集」。

出典・・千載和歌集・929、百人一首・86。

参考(平仮名のもととなった漢字)です。

嘆けとて  月やはものを 思はする  
奈計ゝ登天 月也八物遠  思八春留  

かこち かほなる 我涙かな
加古知 加保奈留 我涙可奈

1556

 
三井寺の 門をたたかばや けふの月   
                    芭蕉

(みいでらの もんをたたかばや きょうのつき)

意味・・今日は中秋の名月、この美しい月のもとで、
    月にゆかりのある三井寺に赴き、門でも
    敲(たた)きたいものだ。

    謡曲「融(とおる)」の「げにげに月の出でて
    候ふや。・・鳥は宿す池中の樹、僧は敲く
    月下の門、推すも敲くも故人の心、今目前の
    秋暮にあり・・」を念頭に詠んだ句です。

 注・・三井寺=大津にある園城寺のこと。
    けふの月=陰暦8月15日の月。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1694。

出典・・小学館「松を芭蕉集」。

1555

 
あまおとめ 刈りほす磯の 荒布にも いくたりつなぐ 
いのちなるらむ
                  野村望東尼

(あまおとめ かりほすいその あらめにも いくたり
 つなぐ いのちなるらん)

意味・・漁民の少女たちが磯から刈り取ってきて乾している
    あの荒布のようなものによって、何人が辛うじて生
    活を立てていることだろう。

    若い女たちが採って来て乾す姿はけっして醜いもの
    ではないが、貧しい人々の生活の哀れさを感じさせ
    られます。

 注・・あま=海人。漁師。
    荒布(あらめ)=昆布科の海藻。黒茶色で食用の他、
    肥料、ヨードの原料。

作者・・野村望東尼=のむらもとに。1808~1867。黒田藩士
    の家に生まれ、同藩士の妻となる。幕末の女流歌人。
    高杉晋作と交流。

出典・・向陵集。

 
水の音に 似て鳴く鳥よ 山ざくら 松にまじれる
深山の昼を
                 若山牧水

(みずのねに にてなくとりよ やまざくら まつに
 まじれる みやまのひるを)

意味・・人家から遠く離れた山中の静かな春の昼、松
    の緑の中に咲きまじった山桜があざやかに浮
    き立ち、あたりにはうららかな春の日ざしが
    充ち満ち、どこかで一羽の小鳥が鳴いている
    が、その声が小鳥というよりはなんだか細い
    水の音を思わせて澄んでひびいている。
    
 注・・水の音(ね)=「ね」という場合は「声」で「
     水音」とは感じが違い、もっと細く、もっ
     と澄んだひびきを持ち、チロチロとかチョ
     ロチョロとかいうような細く流れる水のひ
     びき。
    深山=深山渓谷などというほどの大袈裟なも
     のでなく、人里離れた山中くらいの意。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
    早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・歌集「別離」。


 
おく山の くちきに花は さきぬとも 数ならぬみを
誰かたづねむ
                  熊谷直好

(おくやまの くちきにはなは さきぬとも かずならぬ
 みを たれかたづねん)

意味・・奥山の朽木に咲くはずもない花が咲いたとしても、
    ものの数にも入らない存在である自分を誰が訪ね
    て来ようか。

    朽木に花が咲くと仮定するのは、埋もれた存在で
    ある自分でも何らかの成果を上げる可能性はある
    という自負を詠んでいます。

 注・・数ならぬ=特に取り立てて数えるほどの値打ちが
     ない。

作者・・熊谷直好=くまがいなおよし。1782~1862。周
    防岩国藩士。香川景樹に師事。

出典・・小学館「近世和歌集」。


 
髪五尺 ときなば水に やはらかき 少女ごころは
秘めて放たじ
                 与謝野晶子

(かみごしゃく ときなばみずに やわらかき おとめ
 ごころは ひめてはなたじ)

意味・・長い髪、艶々した私の黒髪、その髪を洗うため
    解き放って水に浸せば、柔らかに広がりつつ水
    と馴染んでいくことでしょう。少女(おとめ)心
    もそのごとく柔らかく順応し易い面もあります
    が、しかし物質的な髪の場合と違って、恋愛を
    理想とする少女心の場合は、真に愛する人が現
    れるまでは、じっと秘めて決して心の扉を開く
    というようなことはいたしません・・、当然、
    若さに漲(みなぎ)る私の美しい白い肌も許しは
    しません。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。18781942。堺
              女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形
    となる。

出典・・歌集「みだれ髪」。


 
白き蝶 ひろしまほろぶ 炎の中に 凛々しきかもよ
舞ひてありけり
                 田辺耕一郎

(しろきちょう ひろしまほろぶ ひのなかに りりしき
 かもよ まいてありけり)

意味・・白い蝶が、人間はむろん一木一草に至るまで、
    見さかいなしに、無惨な死に至らしめた原爆
    投下の直後の広島に、その蝶だけがあたかも
    何事も無かったかのように、生き生きと舞っ
    ている。

    戦争という人間の殺し合いを、極限に象徴し
    た広島の地獄図の中で、真の平和への出発点
    であれかしと祈る、人類の良心を蝶に託して
    詠んでいます。

作者・・田辺耕一郎=たなべこういちろう。詳細不明。

出典・・昭和万葉集。


 
秋の夜の あはれはたれも しる物を われのみとなく
きりぎりすかな
                  藤原兼宗
            
(あきのよの あわれはたれも しるものを われのみ
 となく きりぎりすかな)

意味・・秋の夜の哀れさは誰も知るところなのに、私だ
    けが哀れと鳴く蟋蟀(こおろぎ)よ。

 注・・あはれ=しみじみとした趣、悲しさ、寂しさ。
    われのみとなく=自分だけが哀れを知るかのよ
     うに鳴く。
    きりぎりす=現在のこおろぎ。

作者・・藤原兼宗=ふじわらのかねむね。1163~1242。
    正二位大納言。

出典・・千載和歌集・329。

5795

 
うつせみの 命を惜しみ 波に濡れ 伊良虞の島の 
玉藻刈り食む
                 麻続王 

(うつせみの いのちをおしみ なみにぬれ いらごの
 しまの たまもかりはむ)

意味・・本当に私は命が惜しくて、波に濡れながら伊良湖
    の島で藻を刈って食べている、あさましい事だ。

    伊良湖の島に流された時に詠んだ歌です。
    麻続王(おみのおおきみ)は海人なのか、いや海人
    でもないのに伊良湖の島の藻を刈っていらっしる。
    おいたわしい事だ、と人々が哀しんでいるのに答
    えて詠んだものです。

 注・・うつせみの=「命」に掛かる枕詞。
    伊良虞=愛知県渥美半島伊良湖岬。伊勢の海に
     浮かぶ島の一つとみたもの。
    玉藻=藻の美称、「たま」は接頭語。

作者・・麻続王=おみのおおきみ。伝未詳。壬申の乱
    (672年)頃の人。

出典・・万葉集・24。

1552

 
母恋し かかるゆふべの ふるさとの 桜咲くらむ
山の姿よ
                  若山牧水

(ははこいし かかるゆうべの ふるさとの さくら
 さくらん やまのすがたよ)

意味・・急に母が恋しくなり、しきりにその母を思い続け
    ていると、「そうだ、故郷ではいま山桜の咲いて
    いる頃なのだ。こんな春の静かな夕方を白々と桜
    の花の浮かんで見えるあの山々の姿はどうだろう
    か。また今頃お母さんはあの家の中でどうしてい
    るだろうか」と矢も楯もたまらないほどの恋しさ
    が胸に湧いて来る。

    東京に出た牧水が、遠く離れた故郷九州を想って
    詠んだ歌です。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
        早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛す。

出典・・歌集「別離」。

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天離る 鄙の荒野に 君を置きて 思ひつつあれば
生けるともなし         
                詠み人知らず
                 

(あまざかる ひなのあらのに きみおきて おもい
 つつあれば いけるともなし)

意味・・遠い片田舎にあの方を置いたままで思い
    続けていると、生きた心地もしない。

    夫を亡くした柿本人麻呂の妻の立場に立
    って詠んだ歌です。
    愛する夫に先だたれて悲しみにひしがれ、
    生きる気力が無くなりそうだという気持
    を詠んでいます。

 注・・天離(あまざか)る=「鄙・ひな(田舎)」の
     枕詞。
    君を置きて=君の屍(しかばね)を置いて、
     の意。
    生けるともなし=生きた心地もしない。
    柿本人麻呂=生没年未詳。壬申の乱(672)
     頃の人。万葉最盛期を代表する歌人。

出典・・万葉集・227。

5592

 
常盤なす かくしもがもと 思へども 世の事理なれば
留みかねつる         
                  山上憶良

(ときわなす かくしもがもと おもえども よのこと
 なれば とどみかねつる)

意味・・常磐のようにいつまでも若いままでありたいと
    思うが、老いや死は人の世の定めなので、留め
    たくとも留められない。

    この歌の前に長歌で次のようなことが歌われて
    います。
    この世の中で何ともする事が出来ないのは歳月
    が遠慮なく流れ去って行く事だ。
    勇ましい若者たちが男らしく馬に乗って獣を追
    いまわしていた、その楽しい人生がいつまで続
    いたであろうか。
    いつの間にやら握り杖を腰にあてがうがうよう
    になり、よぼよぼとあっちに行けば人にいやが
    られ、こっちに行けば人に嫌われ、老人になる
    のはつらいものだ。
    それでも長生きしたいと思うものの施すすべが
    ないものだ。

 注・・常盤=大きな岩のように長い間変わらない事。
       木の葉が年中緑であること、常緑。
    かく=斯く、このように。
    世の事理=世は生涯、寿命。事理は物事の筋道。
     人は年老いてやがて死ぬという定め。
 
作者・・山上憶良=やまのうえおくら。660~733。遣唐
    使として渡唐。大伴旅人と親密に交流。

出典・・万葉集・・805。

参考・長歌です(万葉集・804 )。

  世間(よのなか)の すべなきものは 年月は 流るるごとし
  取り続き 追ひ来るものは 百種(ももくさ)に 迫め寄り来たる
  娘子(をとめ)らが 娘子さびすと 唐玉を 手本に巻かし
  白妙の 袖振り交はし 紅の 赤裳(あかも)裾引き
  よち子らと 手携(たづさ)はりて 遊びけむ 時の盛りを
  留みかね 過ぐしやりつれ 
  蜷(みな)の腸(わた) か黒き髪に いつの間か 霜の降りけむ 
  丹(に)の秀(ほ)なす 面(おもて)の上に いづくゆか 皺か来たりし 
  ますらをの 男(をとこ)さびすと 剣太刀 腰に取り佩き 
  さつ弓を 手(た)握り持ちて 赤駒に 倭文鞍(しつくら)うち置き 
  這ひ乗りて 遊び歩きし 世間や 常にありける 
  娘子らが 閉鳴(さな)す板戸を 押し開き い辿り寄りて 
  真玉手(またまで)の 玉手さし交へ さ寝し夜の いくだもあらねば 
  手束杖(たつかづえ) 腰に束(たが)ねて
  か行けば 人に厭(いと)はえ かく行けば 人に憎まえ
  老よし男は かくのみならし 玉きはる 命惜しけど 為むすべもなし

意味・・この世の中で何ともしようのないものは、歳月は遠慮なく流れ去って    しまい、くっついて追っかけて来る老醜はあの手この手と身に襲いかかること である。たとえば、娘子たちがいかにも娘子らしく、舶来の玉を手首に巻いて、白い袖を振り交わし紅染の裳を引いて、同輩の仲間たちと手を取り合って遊んだ、その娘盛りを長くは留めきれずにやり過ごしてしまうと、蜷の腸のような真っ黒い髪にいつの間に霜が降りたのか、紅の真っ赤な土のような、面の上にどこから皺のやつが押し寄せて来たのか、みんなあっという間に、老いさらばえて、しまう、いつもの頬笑みも眉も花の散るように変わり果ててしまった。この世の人はみんなこんなみのであるらしい。
勇ましい若者たちがいかにも男らしく、剣太刀を腰に帯び狩弓を握りしめて、元気な赤駒に倭文(しず)の鞍を置き手綱さばきもあざやかに獣を追い廻した、その楽しい人生がいつまで続いたであろうか。
娘子たちが休む部屋の板戸を押し開けて探り寄り、玉のような腕をさし交して寝た夜などいくらもなかったのに、いつの間にやら握り杖を腰にあてがい、よぼよぼとあっちへ行けば人にいやがれ、こっちへ行けば人に嫌われて、ほんにまったく老人とはこんなものであるらしい。むろん命は惜しく常住不変を願いはするものの、施すすべもない。
 

1550

くろ髪の 千すじの髪の みだれ髪 かつおもひみだれ
おもひみだるる
                 与謝野晶子

(くろかみの ちすじのかみの みだれがみ かつおもい
 みだれ おもいみだるる)

意味・・若く艶(つや)やかな黒髪で、千筋もあろうかと
    思われる私の豊かな髪が、どうしょうもなく乱
    れに乱れています。ちょうどそのように私の心
    も、刑罰を受けているかの如く、苦しくやるせ
    ない恋の思いに輾転反側(てんてんはんそく)し
    つつ千々に乱れております。

 注・・輾転反側=悩みや心配事で眠られず、なんども
     寝返りを打つようす。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺
    女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形
    となる。

出典・・歌集「みだれ髪」。

1549

 
国をあげて 賞め称ふるに 我はただ かへらぬ人の
生命思はむ
                  森 早稲穂

(くにをあげて ほめたたうるに われはただ かえらぬ
 ひとの いのちおもわん)

意味・・国をあげて軍人を誉め称えており、また国民も
    軍人になることに憧れている。そのような環境
    であるが、私は戦争に行き帰らぬ人になった人
    の生命の尊厳を思うのである。

    「日本を守る」と言い、「日本を救う」と唱え
    つつ、次々と戦火を拡大し、日中両国の若者の
    生命が奪われていた昭和7年、上海に戦火が拡
    大された時点に詠まれて歌です。

作者・・森 早稲穂=もりわせほ。詳細不明。

出典・・昭和万葉集。

2157

 
野辺見れば なでしこの花 咲きにけり 我が待つ秋は 
近づくらしも
                   詠人知らず
             
(のべみれば なでしこのはな さきにけり わがまつ
 あきは ちかづくらしも)

意味・・野辺を見やると、なでしこの花がもう一面に
    咲いている。私が首を長くして待っている秋
    は、もうそこまで来ているようだ。

出典・・万葉集・1972。

1548  
明奴連波 久類々物止波 志利奈可良
            奈遠宇良女之機 朝保良希哉
 
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほうらめしき
朝ぼらけかな       
                    藤原道信
               
(あけぬれば くるるものとは しりながら なお
 うらめしき あさぼらけかな)

意味・・夜が明けてしまうと、やがて日は暮れるもの、
    そして、再びあなたに逢えるとは分かってい
    ますけれど、それでもやはり、恨めしく思う
    夜明けですよ。

    当時の習俗は通い婚であったので、夫は日暮
    時に妻の家に通い、夜明け方立ち去っていた。

 注・・明けぬれば=夜が明けてしまうと。男は日暮
     時に女のもとを訪れ、夜明けには立ち去ら
     なければならないのが、当時の習わしであ
     った。
    朝ぼらけ=あたりがほのぼのと明るくなった
     頃。男が女のもとを立ち去る時分。

作者・・藤原道信=ふじわらのみちのぶ。972~994。
    23歳。左近中将従四位。三十六歌仙の一人。

出典・・後拾遺和歌集・672、百人一首・52。

参考です。
   明けぬれば くるる物とは しりながら
   明奴連波  久類々物止波 志利奈可良

   なをうらめしき 朝ぼらけかな
   奈遠宇良女之機 朝保良希哉

1547

 
我が袖は 名に立つ末の 松山か そらより浪の 
越えぬ日はなし         
                土佐

(わがそでは なにたつすえの まつやまか そらより
 なみの こえぬひはなし)

意味・・私の袖は、あの有名な末の松山なのでしょうか。
    空から浪の越えない日はない状態で、あなたの
    嘘にあざむかれて、涙を袖に落とさない日とて
    ありません。

    約束の固さにもかかわらず男が裏切ったことを
    恨んで詠んだ歌です。
    男女の約束を破ったなら、次の歌のように、
    浪が越える事の無い末の松山も越えると言われ
    ている。

 「君をおきて あだし心を わがもてば 末の松山
  浪も越えなむ」(古今和歌集・1093)

 注・・末の松山=宮城県多賀城市にあるという山。
     末の松山を浪が越えないとされている。
    そら=「空」と「虚」を掛ける。

作者・・土佐=とさ。生没年未詳。920年頃活躍した
    女房(女官のこと)。

出典・・後撰和歌集・683。

1546

 
露と落ち 露と消えにし わが身かな なにはのことも
夢のまた夢                
                  豊臣秀吉
            
(つゆとおち つゆときえにし わがみかな なにわの
 ことも ゆめのまたゆめ)

意味・・露のようにこの世に身を置き、露のように
    この世から消えてしまうわが身であること
    よ。何事も、あの難波のことも、すべて夢
    の中の夢であった。

    死の近いのを感じた折に詠んだもので結果
    的には辞世の歌となっています。    

 注・・なにはのこと=難波における秀吉の事業、
     またその栄華の意と「何は(さまざま)
     のこと」を掛けています。

作者・・豊臣秀吉=とよとみひでよし。1536~1598。
    木下藤吉朗と称し織田信長に仕える。信長
    の死後明智光秀討ち天下を統一する。難波
    に大阪城を築く。

出典・・詠草(福武書店「名歌名句鑑賞辞典」)190124

1545
                                                 阿武隈川
 
待つ我は あはれやそぢに なりぬるを あぶくま川の
とをざかりぬる    
                   藤原隆資

(まつわれは あわれやそじに なりぬるを あぶくま
 がわの とおざかりぬる)

詞書・・橘為仲朝臣が陸奥守の時、任期を延長された
    と聞いて詠んだ歌。

意味・・あなたの帰京を待っている私は、ああもう八
    十歳を迎えたというのに、あなたのいる阿武
    隈川が遠いように、会う時はまた遠くなって
    しまったことだ。

 注・・やそぢ=八十。
    あぶくま川=宮城県・阿武隈川。「逢ふ」を
      掛ける。
    橘為仲=1085没。正四位下。陸奥守。家集に 
      「橘朝臣集」がある。

作者・・藤原隆資=ふじわらのたかすけ。1050年頃の
    人。越前・武蔵守。従五位下。

出典・・金葉和歌集・581。

1544

 
りゆく 世にし有せば うつせみの 人の言の葉
うれしけもなし        
                  良寛
               
(うつりゆく よにしありせば うつせみの ひとの
 ことのは うれしけもなし)

意味・・人の心が変わって行く世の中であるので、
    人の暖かく嬉しそうな言葉も、何も嬉しい
    ことはない。

    男心(女心)と秋の空というけれど。

    参考歌として、
    「偽りのなき世なりせばいかばかり人の言
    の葉嬉しからまし」(意味は下記参照)

 注・・移りゆく=心が他に移って行く。
    うつせみ=この世、現世。「命」・「人」
     に掛かる枕詞。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。

参考歌です。

いつはりの なき世なりせば いかばかり 人の言の葉
うれしからまし             
                    詠み人知らず
                   
(いつはりの なきよなりせば いかばかり ひとの
 ことのは うれしからまし)

意味・・この世が偽りというものの存在しない世で
    あったなら、人がかけてくれる情けの言葉
    も素直に聞いて、どれほど嬉しく思う事で
    あろうか。

    恋に関してだけではなく人間への不信の念
    を底にもっている歌です。

 注・・世=男女の仲。

出典・・古今集・712。

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