名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2020年02月

1705

 
降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の岡の
寒からまくに
                 穂積皇子

(ふるゆきは あわになふりそ よなばりの いかいの
 おかの さむからまくに)

意味・・降る雪はそんなに積もらないでくれ。吉隠の 
    猪養の岡に眠っている愛しい人が寒いだろう
    から。

    但馬皇女と穂積皇子は愛し合う仲でしたが、
      親や周辺から反対されて結ばれない恋でした。
    そんな中、但馬皇女は亡くなってしまった。
    穂積皇子が悲しみ泣きながら詠んだ歌です。

 注・・あはに=数量の多いこと。
    吉隠(よなばり)の猪養(いかい)の岡=但馬皇女
     の墓地。吉隠は初瀬の近辺、猪養はその東北
     の山麓。
    まく=推量の助動詞。
    但馬皇女=たじまのひめみこ。708年没。天武天
     皇の皇女。

作者・・穂積皇子=ほずみのみこ。715年没。天武天皇の
    第五皇子。

出典・・万葉集・203。

1704

思ひつつ 寝ればか もとな ぬばたまの 一夜もおちず
夢にし見ゆる
                新羅に遣わされた使人

(おもいつつ ねればか もとな ぬばたまの ひとよも
 おちず ゆめにしみゆる)

意味・・あなたを思いながら寝るせいなのだろか。一夜も
    欠けず、いつもあなたが夢に現れるとは。

    新羅に遣使人として行ったが、受け入れられず、
    長引く遣いに、寂しい思いを詠んでいます。

 注・・寝ればか=「か」は問いかける意味を表す。寝る
     せいなのか。
    もとな=むやみに、しきりに。
    ぬばたまの=夜の枕詞。
    おちず=もらさず、残らず。
    新羅=朝鮮半島の東南部にあった国。新羅と日本
     は平穏でなく、使いは受入れられなかった。

出典・・万葉集・3738。

1703

 
ここをしも 終の棲家と おもはねど 夜を沈みゆく
松風の音
                  岩谷莫哀

(ここをしも ついのすみかと おもわねど よを
 しずみゆく まつかぜのおと)

意味・・ここを我が最後の棲家とは思わないけれども、
    夜更けとともに、静かになってゆく松風の音
    に寂しくなってくる。

    肺結核を病み、茅ケ崎の療養所にいる時の作
    です。
    今の自分の病状を思うと、この療養所が終の
    棲家になるのだろうか。夜更けとともに松風
    もやみ静かになった。ひっそりした寂しさの
    中に不安が込み上げてくる。

 注・・しも=上接する語を強める語。

作者・・岩谷莫哀=いわやばくない。1888~1927。39
    歳。東大卒。尾上柴舟に師事。「水甕」誌を
    創刊。

出典・・歌集「仰望」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)

1701

 
病みやすき 夫を置ききし 旅にして 城もみづうみも
われを奪はず
                  行方たつえ

(やみやすき おっとをおききし たびにして しろも
 みずうみも われをうばわず)

意味・・夫は病気しがちなので、夫は留守で私の一人旅
    となった。日頃世話をしている夫の事が心配で
    景色のいいはずのお城や湖も目には入らなかっ
    た。

    日常から解放されて羽を伸ばし、また羽を休め
    るために旅に出かけた。その旅は病気になりや
    すい夫を家に残して出かけてしまった。夫を病
    気にさせないように毎日世話していたので、夫
    が気掛かりだ。それで景色のいいはずのお城も
    湖も目に入らない。

    私はこんなにも夫の事を思っていたのである。
    今回の旅はそれに気がつき、夫を愛していると
    いう確認が出来たのが旅の収穫であった。

作者・・行方たつえ=なめかたたつえ。1904~2000。
    日本女子大学卒。今井邦子に師事。

出典・・俵万智著「あなたと読む恋の歌百首」。

1700

 
おろそかに 見つつ過ぐれど マンモスの 化石の牙は
湾りたくまし
                    明石海人

(おろそかに みつつすぐれど マンモスの かせきの
 きばは まがりたくまし)

意味・・ふらっとして入った博物館の中をさまよい歩いて
    いると、マンモスの牙の化石が目に入った。余り
    のたくましさに時を忘れた。束の間、太古へと思
    いを馳せていた。

    病院でハンセン病と診断されてガックリした状態
    になり、すぐに家に帰る気になれず、気が抜けた
    ようにさまよい歩いている時、ふらつとして近く
    の博物館に入った時の様子です。

    マンモスの牙の凄さを見て、不治の病と診断され
    た時の気持ち、その気持ちの整理が出来そうにな
    った時に詠んだ歌です。

    不治の病になろうと思ったのではないけれど、病
    気になってしまったら仕方がない。どんな逆境に
    落ち込んでも絶望すまい。失望し落胆して自暴自
    棄にはなるまい。ナポレオンは自分の辞書の中に
    は不可能という語はない、と言っている。今から
    どうすべきかを考えよう。ここから一歩運を開い
    て行こう、と。

 注・・おろそかに=うわの空で、なおざりに。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い岡山県
    の愛生園で療養。手指の欠損、失明、喉に吸気管
    を付けた状態で歌集「白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。

1697

かきくらし 雪ふりしきり 降りしづみ 我は真実を
生きたかりけり
                   高安国世

(かきくらし ゆきふりしきり ふりしずみ われは
 まことを いきたかりけり)

意味・・前が曇って何も見えないほど雪が激しく降った
    り止んだりしている。それと同じように、私の
    目も曇って何も見えない。がしかし、私は自分
    の気持ちが何であるのか、その本当の気持ちを
    見つめて生きて行きたい。

    作者は親に、医師になるように厳命されて、理
    科系の大学を志望校にしていた。だが、長い間
    苦しんで志望校を京都大学の文学部に変更した。
    この決断した時に詠んだ歌です。

 注・・かきくらし=掻き暮らし。目が曇って何も見え
     なくなる。「掻き」は接頭語で語を強める。
    降りしきり=降り頻り。頻りに降る。
    降りしづみ=降り鎮づみ。降り止む。

作者・・高安国世=たかやすくによ。1913~1984。京
      都大学文学部卒。京大教授。

出典・・実業之日本社「現代秀歌百人一首」。


 
捨て果てんと 思ふさへこそ かなしけれ 君に馴れにし
我が身と思へば
                    和泉式部

(すてはてんと おもうさえこそ かなしけれ きみに
 なれにし わがみとおもえば)

詞書・・敦道(あつみち)親王と死別した頃、尼になろと
    思って詠んだ歌。

意味・・世を捨てて尼になってしまおうと思う事までが
    さらに悲しい。亡き君に馴れ親しんだ我が身と
    思うので。

    敦道親王の没後、和泉式部が尼になろうと思っ
    た時の歌です。しかし、そう思うことまでが、
    新しい悲しみを重ねる事になると思ったのです。
    
    世をはかなく感じ、また、亡き人の供養にと思
    ったのですが、しかし、恋人を偲ぶと「形見と
    しての我が身」であり、深く愛されていた自分
    は、自分を大切にしなくてはならないと思い返
    す気持ちになったのです。そして、強く生きな
    いと悲しみが湧いて来ると・・。

 注・・捨て果てん=世を捨てて尼になってしまおうと。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、9
    77頃の生まれ。朱雀天皇皇女昌子内親
    王に仕える。

出典・・後拾遺和歌集・574。


 
ともかくも 言はばなべてに なりぬべし 音に泣きてこそ
見せまほしけれ
                    和泉式部

(ともかくも いわばなべてに なりぬべし ねに
 なきてこそ みせまおしけれ)

詞書・・歎く事ありと聞きて、人の「如何なることぞ」と
    問ひたるに。

意味・・あれこれと言葉に出して言えば、ありふれたもの
    になってしまうでしょう。お目にかかって、声を
    立てて泣いて、あなたにお見せしたいのです。

    和泉式部が悲しみ事をしていると、人伝てに聞い
    て見舞いの手紙をくれた返事の歌です。

    心の細かいことは言葉ではとうてい十分に言いう
    るものではなく、言葉にして見ると、つまらない
    何でもないことになってしまう。しかし、内容は
    そのようなものではなく、悲しみや歎きそのもの
    は、声を立てて泣くことによって知ってもらう事
    で、それ以外には伝えることが出来ない・・。

 注・・なべてに=並べて。一通りに、並みに。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、977
    頃の生まれ。朱雀天皇皇女昌子内親王に仕
    える。

出典・・和泉式部集。


 
酒飲まん 友どちもがな しくしくに 雪の降る夜は
さびしきものを
                  和田厳足

(さけのまん ともどちもがな しくしくに ゆきの
 ふるよは さびしきものを)

意味・・酒を飲む友達が欲しいものだなあ、雪が降り
    しきる夜は寂しいものだ。

    雪が降る夜は静かなものである。しいんと静
    かで冷え冷えとしている。寂しさが感じさせ
    られる。こんな時は熱い酒を飲みつつ語らう
    友がいたらなあ。

 注・・もがな=他への希望を表す。・・があったら
     なあ。
    しくしくに=頻く頻くに。しきりに。

作者・・和田厳足=わだいずたり。1787~1859。
    熊本藩士。度々無実の罪を被り不遇な生活を
    送った。

出典・・和田厳足家集(東京堂出版「和歌鑑賞事典)


 
雪散るや おどけもいへぬ 信濃空
                   一茶

(ゆきちるや おどけもいえぬ しなのそら)

意味・・雪がちらちらと降って来た。江戸あたりだと
    雪を見て冗談の一つも言えるのだが、信濃の
    空ではそれどころではない。やがて大変な雪
    になるのだ。

    雪国の大雪の恐ろしさを捉(とら)えています。

 注・・雪散る=雪が降る事をいう。
    信濃=長野県。

作者・・一茶=小林一茶。17631827。信濃(長野)
    柏原の農民の子。3歳で生母に死別。継母
    と不和のため、15歳で江戸に出る。亡父
    の遺産をめぐる継母と義弟の抗争が長く
    続き51歳の時に解決し、52歳で結婚した。

出典・・おらが春。


 
新しき 年の初めに 豊の年 しるすとならし
雪の降れるは
              葛井連諸会 

(あたらしき としのはじめに とよのとし しるすと
 ならし ゆきのふれるは)

意味・・新年早々に、めでたい今年の豊作の前触れと
    思われます。こんなに雪が降り積もっている
    のは。

    正月の大雪は豊作の前兆とされていた。

 注・・豊の年=豊年。
    しるす=証す。目印、前兆。

作者・・葛井連諸会=ふじいのむらじもろあい。生没年
     未詳。747年相模守になる。

出典・・万葉集・3925。

1694

 
我が背子は 物な思ひそ 事しあれば 火にも水にも
我がなけなくに
                    安倍女郎

(わがせこは ものなおもいそ ことしあれば ひにも
 みずにも わがあらなくに)

意味・・あなたはくよくよ物思いをなさいますな。いざ
    という時には、火の中水の中と思っている私が
    いるのですから。

 注・・背子=女性が夫や恋人を呼ぶ語。
    な・・そ=挟まれた動詞の禁止をする意の語。
     ・・しないでくれ。
    事しあれば=「し」は上接する語を強調する語。
    なけなくに=無けなくに。二重否定の語。無い
     事ではないのに、あるのに。

作者・・安倍女郎=あべのいらつめ。伝未詳。

出典・・万葉集・506。


 
世の中は 人のうえのみ ゆかしけれ うらやむわれも
うらやまれつつ
                  
(よのなかは ひとのうえのみ ゆかしけれ うらやむ
 われも うらやまれつつ)

意味・・世の中の人は、他人の身の上ばかり見て羨ましい
    と思っている。そう思う自分も、誰かから羨まし
    がれているのである。

    誰もが自分の無い物を羨む。人に無い良い所も
    あるのだが、それでも羨望の思いを無くせない
    欲深さがある。それは人間の性でもあり、向上
    心でもある・・が。

    ジョセフ・ルーの名言より。

    『私は自分にないものを見て、 自分のことを
    不幸だと思っていた。まわりの人は私にある
    ものを観て、 私のことを幸せだと思っていた』

 注・・ゆかし=興味がもたれる、見たい、知りたい。
    ジョセフ・ルー=1834~1905。フランスのカト
     リック司祭。作家。

出典・・斉藤亜加里「道歌から知る美しい生き方」。

1689


 
新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の
いやしけ吉事
              大伴家持
 
(あらたしき としのはじめの はつはるの きょう
 ふるゆきの いやしけよごと)

意味・・新しい年のはじめの初春の今日の雪。この雪
    がしんしんと降り積もるように、めでたい事
    もどんどん積もってくれ。

    正月の大雪は豊作の前兆と考えられていた。

 注・・初春の=上二句の新春のめでたさを強調する
     ために重ねたもの。
    いやしけ=弥頻け。ますます重なる。いよい
     よ盛んになる。
    吉事(よごと)=めでたい事。

作者・・大伴家持=おおとものやかもち。718~785。
     大伴旅人の長男。越中守。

出典・・万葉集・4516。

1688

 
雨露に うたるればこそ 楓葉の 錦をかざる
秋はありけれ
                沢庵宗膨

(あめつゆに うたるればこそ かえでばの にしきを
 かざる あきはありけれ)

意味・・雨や露にうたれるからこそ、秋ともなると楓が
    紅葉し、錦を飾ることとなる。

    人もまた同じ、逆境を経てこそ人は大成するの
    である。

作者・・沢庵宗膨=たくあんそうほう。1573~1646。
     臨済宗の僧。

出典・・木村山治朗「道歌教訓和歌辞典」。


1687

 
いねいねと 人にいはれつ 年の暮   
                    路通

(いねいねと ひとにいわれつ としのくれ)

意味・・年の暮、人に頼って生活をするような境遇の
    自分は、あちらでもこちらでも「あっちへ行
    け」と言われ、冷たくあしらわれることだ。

    漂泊の僧として乞食生活を送った路通らしい
    句です。同門のみならず芭蕉にも不評を買っ
    た身の上を「いねいね」という語で厳しく見
    つめています。

 注・・いね=去ね、行け。

作者・・路通=斎部路通(いんべろつう)。1649~173
        8。神職の家柄であったが、乞食となって漂
    の旅を続けた。芭蕉に師事。

出典・・歌集「猿蓑」。

8853

 
住の江の 岸のひめまつ ふりにけり いづれの世にか
種はまきけむ
                  源実朝

(すみのえの きしのひめまつ ふりにけり いずれの
 よにか たねはまきけむ)

意味・・住之江の岸の姫松は古びてしまった。いつの世に
    種を蒔いたのだろう。

    昔は細くか弱かった松だったのだろうが、今は大
    きく立派な松になっていることだ。

 注・・住の江=大阪市住吉区一帯。海の面した松原の続
     く景勝地。
    ひめまつ=姫松。小さな松。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28才。
    12歳で三代大将軍となる。甥の公暁に暗殺された。

出典・・金槐和歌集・589。


 
新しき 年の始めに かくしこそ 千年をかねて
たのしきを積め
                詠み人しらず 

(あたらしき としのはじめに かくしこそ ちとせを
 かねて たのしきをつめ)

詞書・・大直日(おおなおび)の歌。

意味・・おめでたい年の初めに当たり、このように一同
    が集まって千年も先の繁栄を心に描いて、楽し
    い事を山のように積み重ねよう。

 注・・大直日の歌=大直日の神を祭る歌。大直日神は
     いっさいの凶事・悪事を転じて吉事とする力
     を持っている神・繁栄の神様。ここでは神事
     の後で行われる宴会の歌。
    かくしこそ=このようにして。ここでは神事の
     後で皆が集まって行う宴会。
    かねて=予ねて。前もって将来の事を心配する、
     予想・予言する。ここでは楽しい事・将来の
     繁栄の予想。

出典・・古今和歌集・1069。


見てあれば 一葉先ず落ち また落ちぬ 何思ふとや
夕日の大樹
                   若山牧水 

(みてあれば ひとはまずおち またおちぬ なにおもう
 とや ゆうひのおおき)

意味・・見ていると一つの葉が落ち、続いてまた一葉
    落ちた。こうして樹は次々とその葉を落とし
    てゆく。夕日を浴びて立っているこの大樹は
    何を思ってこうして葉を落とし続けるのだろ
    う。

    木枯らしのように、外の力で葉が落とされる
     のではなく、自らの意思によって葉を振るっ
     ている。そこに牧水は大樹の知恵を見、自然
     のたくましさを感じています。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
     早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。

出典・・家集「別離」。


 
霜の経 露の緯こそ 弱からし 山の錦の
織ればかつ散る
               藤原関雄 

(しものたて つゆのぬきこそ よわからし やまの
 にしきの おればかつちる)

意味・・山の紅葉は、霜のたて糸、露のよこ糸で織ら
    れた錦であるが、そのたて糸とよこ糸が弱い
    ようである。錦が織りあがったと思うと、そ
    のそばからすぐに散ってゆく。

    紅葉の錦は霜や露のようにはかないものを、
    たて糸やよこ糸にして織ったので、このよう
    にすぐに散ってしまうのであろうと、美しい
    紅葉のはかないのを嘆いた歌です。

作者・・藤原関雄=ふじわらのせきお。815~853。
    従五位下・治部小輔。琴・草書に優れる。

出典・・古今和歌集・291。


 
音のした戸に人もなし夕時雨

                   有井諸九 

(おとのした とにひともなし ゆうしぐれ)

意味・・時雨の降る静かな夕暮れ、戸口の方で何か
    物音がしたので振り向いてみたが、誰も人
    はいず、夕時雨の物寂しさがいっそう深ま
    るように感じられる。

    膚寒い、時雨模様の夕暮れ時、何か人恋し
    く、ちょとした物音にも誰か訪ねて来たの
    ではないかと期待し、それが外れた物寂し
    さを詠んでいます。

    額田王の歌、参考です。

   「君待つと我が恋ひ居れば 我が屋戸の簾
    動かし秋の風吹く」 (意味は下記参照)

 注・・時雨=初冬の頃、急にぱらぱら降って、
     しばらくして止む小雨。
    
作者・・有井諸九=あらいしょきゅう。1714~
    1781。旅を好んで諸国の俳人と交流す
    る。

出典・・句集「諸九尼句集」(小学館「近世俳句
    俳文集)。

参考歌です。

君待つと 我が恋ひ居れば 我が屋戸の 簾動かし
秋の風吹く
                   額田王

(きみまつと わがこいおれば わがやどの すだれ
 うごかし あきのかぜふく)


意味・・あなたのおいでを待って恋しく思っていると、
    家の戸口の簾をさやさやと動かして秋の風が
    吹いている。

    夫の来訪を今か今かと待ちわびる身は、かす
    かな簾の音にも心をときめかす。秋の夜長、
    待つ夫は来ず、簾の音は空しい秋風の気配を
    伝えるのみで、期待から失望に思いは沈んで
    行く。

 注・・屋戸=家、家の戸口。

作者・・額田王=ぬかたのおおきみ。生没年未詳。万葉
    の代表的歌人。

出典・・万葉集・488。


 
はるばると 望めば遠き うな原も わたれば到る
ものにぞあ有りける
                 熊谷直好

(はるばると のぞめばとおき うなばらも わたれば
 いたる ものにぞありける)

意味・・はるばると見渡すと遠くまで広がる海原も、
    漕ぎ渡ると対岸に到着するものである。

    広大な海を前にしてひるまずに漕ぎ渡る気
    持ちがあれば何とかなるものだとの思いで
    す。現世と闘い、また折り合いをつけて来
    た作者の実感なのでしょう。
 
作者・・熊谷直好=くまがいなおよし。1782~18
    62。岩国藩の吉川家に仕える。藩主の歌道
    師範。香川景樹に師事。

出典・・家集「浦のしほ貝」(小学館「近世和歌集」)


さりともと 思ふものから 日をへては しだいしだいに 
よわるかなしさ
                   源実朝

(さりともと おもうものから ひをへては しだい
 しだいに よわるかなしさ)

意味・・それにしても、まだ元気だと思うものの、月日を
    経て次第次第に弱って行くこの悲しさよ。

    老人の立場になって詠んでいます。

 注・・さりとも=然りとも。そうであったとしても。不
     運な人生の自覚はあるが、いくら何でも少しの
     好運はあろうとの期待の表現。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28
    歳。12歳で征夷大将軍になる。甥の公卿に鶴岡八
    幡宮で暗殺された。

出典・・金槐和歌集・599。


 
5982 (2)

ふしわびぬ 霜さむき夜の 床はあれて 袖にはげしき
山おろしの風
                                              後醍醐天皇

(ふしわびぬ しもさむきよの とこはあれて そでに
 はげしき やまおろしのかぜ)

意味・・寝ようとしも寝られない。霜の降りた寒い夜の床は
    荒廃している上、その床の上にかけている衣の袖に
    吹き付ける激しい山おろしの風のなんと冷たいこと
    か。

    足利尊氏の軍に追われ、吉野に逃げて仮住居に一人
    でこもって詠んだ歌です。山から吹き降ろす風の冷
    たさ寒さはすさまじく、眠ろうにも眠れない状態で
    す。その上心を重くしているのが都を追われている
    苦悩です。

 注・・ふし=臥し。体を横たえる、寝る。
    わびぬ=途方にくれて困る。
    あれて=荒れて。建物などが荒廃する。

作者・・後醍醐天皇=ごだいごてんのう。1288~1339。第
    96代天皇。足利尊氏の反逆で吉野に逃げる。南朝
    の天皇。元弘の乱に敗れ隠岐へ配流。

出典・・新葉和歌集。

1686

 
思ひ遣る すべの知らねば 片垸の 底にぞ我は
恋成りにける
                 粟田女娘子

(おもいやる すべのしらねば かたもいの そこにぞ
 われは こいなりにける)

詞書・・粟田女娘子、大伴家持に贈る歌。

意味・・私、あなたを恋してしまったんです。その気持ちを
    あなたが察して下さらないので、とても寂しく憂鬱
    なんです。胸の思いを晴らす手立ても分からないま
    まに、片垸(かたもい)ならぬ「片思い」のどん底で、
    私は恋する人として沈んでいます。

    家持に土をこねて作った蓋のない茶碗に、この歌を
    描いて贈った歌です。

 注・・思ひ遣る=心を慰める、憂いを晴らす。
    片垸(かたもい)=垸は土で作った茶碗。片垸は蓋の
     ない茶碗。「片思い」を掛ける。

作者・・粟田女娘子=あわたのめおとめ。伝未詳。

出典・・万葉集・707。

5677

 
二十四に 成れば男と わが言ひし 弟の片頬 
よく父に似る
                 与謝野晶子

(二十四に なればおとこと わがいいし おとうとの
 かたほお よくちちににる)

意味・・二十四歳なのだから、もう一人前の男なのですよ、
    と私が言った弟。その弟の横顔は亡くなった父に
    そっくりなのです。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺
         女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形
    となる。

    

1683

 
ゆく年や膝と膝とをつき合わせ
                   夏目漱石

(ゆくとしや ひざとひざとを つきあわせ)

意味・・今年も残り少なくなった。一年を振り返ると
    私たちは、心を許し親しく接する間柄であっ
    た。今、くる年に向かって語り合っている。
    次の一年もこうありたいものだ。

    心の通い合う人間関係、いいなあ。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。
    東大英文科卒。小説家。

出典・・大高翔著「漱石さんの俳句」。

1682

 
鈴が音の 早馬駅家の 堤井の 水を給へな 
妹が直手よ
               詠み人しらず

(すずがねの はゆまうまやの つつみいの みずを
 たまえな いもがただてよ)

意味・・鈴の音の鳴る宿場の湧き井戸の水をいただ
    きたいなあ。あの娘の手からじきに。

 注・・鈴が音の=早馬駅家の枕詞。「鈴」は駅馬
     につけられた駅鈴。
    早馬駅家=「早馬・はゆま」は「はやうま」
     の約。官吏の乗用のため駅に備えられて
     いた。「駅家」はその公用にの馬を置く
     駅舎。
    堤井=湧水を囲んで作った水飲み場。
    給へな=飲む・食うの謙譲語。いただく。
    直手よ=手から直接に。「よ」は手段を表
     す助詞、・・から。
 
出典・・万葉集・3439。


 
おのづから 我をたづぬる 人もあらば 野中の松よ
みきとかたるな
                   源実朝

(おのずから われをたずぬる ひともあらば のなかの
 まつよ みきとかたるな)

詞書・・屏風絵に、野の中に松の三本生えている所を、衣
    を被った女が一人通ったのを詠んだ歌。

意味・・もしも私のことを尋ねる人がいたら、野中の三木
    (みき)の松よ、私を見たと告げないでおくれよ。

    屏風絵の中の女の口上として詠んでいます。

 注・・おのずから=たまたま、まれに。
    みき=「見き」と松の三本「三木」を掛ける。
    衣(きぬ)を被った=昔、女性が外出する折、単(ひ
     とえ)の小袖を頭から被り、顔を隠すようにした
     姿。
    
作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28
    歳。12歳で征夷大将軍になる。甥の公卿に鶴岡八
    幡宮で暗殺された。

出典・・金槐和歌集・591。


 
親展の状燃え上る火鉢かな
                夏目漱石

(しんてんの じょうもえあがる ひばちかな)

意味・・親展の手紙が届いた。読んでみると、家族の誰
    にも知らせたくない。幸いにこの手紙が来た事
    は誰も知らない。見られたら大変だ。急いで火
    鉢にくべて燃やしてしまった。

    仲の良い夫婦でも、知られたらまずい事がある。
    知られたら一時的にせよ必ず仲が悪くなる。自
    分がまずい事をしたのだから謝れば良いのだが、
    それは出来ない。知らぬが仏だ。隠し通すしか
    ない。

 注・・親展=手紙・封書を受取人が開封する事を求め
     たもの。
    状=手紙、書状。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。
    東大英文科卒。小説家。

出典・・大高翔著「漱石さんの俳句」。

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