名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2020年03月

1774

 
生死に かかはりあらぬ ことながら この十日ほど
心にかかる
                  片山広子 

(いきしにに かかわりあらぬ ことながら このとおか
 ほど こころにかかる)

意味・・生死にかかわるような重大な事柄でもないのに、
    この十日あまりの間は、心が何かに押さえられ
    ているようで、ふと気がつくと、その事に心が
    とらわれているのだ。

    家族の病気や人間関係のつまづき、仕事の停滞
    などなどで、人の一生は懸念の連続であると言
    ってよい。考えて見るとそれは生死にかかわる
    ような重大事ではないのだが、何か晴れやらぬ
    思い、心の重い日々を過ごしてしまう、と詠ん
    だ歌です。

作者・・片山広子=かたやまひろこ。1878~1957。東
    洋英和女学校卒。佐々木信綱に師事。アイルラ
    ンド文学の翻訳者。

出典・・歌集「翡翠」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)

1772

 
見よ旅人 秋のすえなる 山々の いただき白く
雪つもり来ぬ
                若山牧水

(みよたびびと あきのすえなる やまやまの いただき
 しろく ゆきつもりきぬ)

意味・・自分はこうしてひとり漂泊の旅に出てこんな所
    まで来ているが、うかうかしているちに、月日
    がたって、もう秋も末、ここから眺める山々の
    頂は既に真っ白く雪が積もって来ているが、い
    つまでもこんなことをしていてよいのだろうか。

    小諸で療養中の時の歌です。病気といっても寝
    込んでいるのではなく、外に散歩の出来る状態
    です。
    「見よ旅人」の「旅人」は作者自身に呼び掛け
    ているものです。
    表面的にはさりげなく歌われていても、底には
    悲痛なまでの寂寥(せきりょう)感が流れていま
    す。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
      早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛す。

出典・・歌集「路上」。

1771

のどかにも やがてなり行く けしきかな 昨日の日影
今日の春雨
                    伏見院

(のどかにも やがてなりゆく けしきかな きのうの
 ひかげ きょうのはるさめ)

意味・・春になり、早くものどかになってゆく様子
    だなあ。昨日のうららかな日差し、今日の
    この静かに降る春雨。

作者・・伏見院=ふしみいん。1265~1317。第92
    代天皇。玉葉和歌集を撰進させた。

出典・・玉葉和歌集。

 

1769

 
昨日今日 花のもとにて くらすこそ 我が世の春の
日数なりけれ
                  香川景樹

(きのうきょう はなのもとにて くらすこそ わがよの
 はるの ひかずなりけれ)

意味・・昨日今日と花のもとで一日を過ごすのは、自分の
    生涯における春ともいうべき佳き日々である。

    何の物思いもせずに風流に生きられることは素晴
    らしいことである。

 注・・わが世の春=自分の生涯の最盛期。
    日数=ひにちの数、にっすう、日々。

作者・・香川景樹=かがわかげき。1768~1843。鳥取藩
    士の子。号は桂園。桂園派としての和歌は一大勢
    力となった。

出典・・家集「桂園一枝」(小学館「近世和歌集」)

1768

 
いづくにて 世をばつくさむ すがはらや ふしみのさとも 
あれぬといふものを
                    源実朝

(いずくにか よをばつくさん すがはらや ふしみの
 さとも あれぬというものを)

意味・・どこで私は生涯を過ごそうか。菅原の伏見の里も
    荒れ果ててしまったというのに。

    現代の高齢化社会の一端を思わせます。空き家が
    目立ち、スーパーが撤退するしバスも通らなくな
    った。車も乗れない身の私には不便な土地になっ
    てしまったものだ。

 注・・世=生涯、一生、人生。
    つくさむ=尽くさむ。終わりにする、極める。
    すがはらやふしみのさと=菅原や伏見の里。奈良
     県生駒郡伏見町菅原。今は奈良市菅原町。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28才。
    12歳で征夷大将軍になる。甥の公暁に鶴岡八幡宮
    で暗殺された。

出典・・金槐和歌集・600。

3429

 
鳥の音も のどけき山の 朝あけに 霞の色は
春めきにけり
                 藤原為兼

(とりのねも のどけきやまの あさあけに かすみの
 いろは はるめきにけり)

意味・・鳥の鳴き声ものどかに聞こえて来る山の明け
    方に、たちこめる霞の色はすっかり春らしく
    なったことだ。

作者・・藤原為兼=ふじわらのためかね。1254~1332。
    伏見天皇の東宮大夫。政治的に活躍するが失
    脚し佐渡に配流。その後帰洛。玉葉和歌集を
    撰進。

出典・・玉葉和歌集。

3510

 
いにしへの 人の植えけむ 杉が枝に 霞たなびく
春は来ぬらし
                  作者未詳

(いにしえの ひとのうえけん すぎのえに かすみ
 たなびく はるはきぬらし)

意味・・昔の人が植えて育てたという、この杉の木立の
    枝に霞がたなびいている。たしかに春はもう到
    来したらしい。

    見事な杉木立を古人の植林の結果とみて、それ
    に霞がかかり、いよいよ春になった事の喜びを
    詠んでいます。

出典・・万葉集・・1814。

3417

 
岸遠き 川瀬の霞 末晴れて 柳に見ゆる
春風の色
              藤原為相

(きしとおき かわせのかすみ すえはれて やなぎに
 みゆる はるかぜのいろ)

意味・・岸から遠い川瀬には霞がかかっているが、その
    末の方は晴れていて、なびいている緑の柳によ
    って春の風の色が見えてくることだ。

作者・・藤原為相=ふじわらのためすけ。1263~1328。
    正二位権中納言。母は阿仏尼(十六夜日記の作者)。

出典・・為相百首(小学館「中世和歌集」)

1764

さのみとは おもふ心の たのみにて はかなく過ぎし
仲のとし月
                  白河雅喬

(さのみとは おもうこころの たのみにて はかなく
 すぎし なかのとしつき)

意味・・そんな辛い事ばかりではない、いずれはきっと
    好転すると思う心の期待によって、はかなく過
    ぎてしまった私達の仲の年月よ。

    親の反対や身分の違いから中々結婚にたどり着
    けない状態を詠んでいます。

 注・・さのみとは=そんなにつらい事ばかりではない。
     いずれはきっと好転する、といった意味合い
     で使われる。

作者・・白河雅喬=しらかわまさたか。1620~1688。
      神祇。正二位。

出典・・万治御点(小学館「近世和歌集」)

 

8033

 
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に
降れる白雪
                 坂上是則
       
(あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに よしのの
 さとに ふれるしらゆき)

意味・・白々と夜が明ける頃に見ると、有明の月の光と
    思うほどに明るく、吉野の里には雪が降り積も
    っている。

 注・・朝ぼらけ=夜が明けて、ほのかに明るくなって
     来る時分。
    有明の月=夜明けの空にまだ残っていて、白々
     と光っている月。

作者・・坂上是則=さかのうえのこれのり。生没年未詳。
    古今集時代の代表的歌人。

出典・・古今和歌集・332、百人一首・31。

1761

 
虫明の 瀬戸のあけぼの 見るをりぞ 都のことも 
忘られにける       
                  平忠盛
               
(むしあけの せとのあけぼの みるおりぞ みやこの
 ことも わすられにける)

意味・・この虫明の瀬戸の曙の美しい景色を見る時こそ、
    都を離れ悲しいと思い続けて来たことも、自然
    に忘れてしまうことだ。

    備前守として任地に下った時の都を恋しく思う
    気持ちを詠んだ歌です。

 注・・虫明=岡山県邑久郡虫明町の瀬戸内の要港。
     備前国の歌枕。

作者・・平忠盛=たいらのただもり。1096~1153。平
    清盛の父。正四位上。平家全盛の基礎を築く。

出典・・玉葉和歌集

1759

 
我が背子と ふたり見ませば いくばくか この降る雪の
嬉しくあらまし
                    光明皇后

(わがせこと ふたりみませば いくばくか この
 ふるゆきの うれしくあらまし)

意味・・我が愛する人とともに見るのであれば、どれほど
    嬉しいでしょうか。今降っているこの美しい雪景
    色を。

 注・・背子=妻が夫を、女性が恋人を呼ぶ語。
    いくばく=どのらい。

作者・・光明皇后=こうめいこうごう。701~760。

出典・・万葉集・1658。

1758

 
ラジオなる この絃の音や 人間の 千万年の
歴史にかかる
                 明石海人

(ラジオなる このいとのねや にんげんの せんまん
 ねんの れきしにかる)

意味・・ラジオが普及され、初めて音楽放送を聞いた。
    弦楽器の音楽を身近に聞けるようになり嬉し
    い。文明の利器を思わせるものだ。人類の千
    万年もの間の進化の賜物なのだ。

    ラジオは大正14年3月に放送開始された。作者
    が療養所の中で聞いたのは昭和10年です。そ
    の時に詠んだ歌です。

 注・・絃(いと)=弦楽器。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い
    岡山県の愛生園で療養。手指の欠損、失明、
    喉に吸気管を付けた状態で歌集「白描を出
    版」。

出典・・荒木力著「よみがえる万葉歌人・明石海人」。


 
霜やけの 手を吹いてやる 雪まろげ   
                    羽紅

(しもやけの てをふいてやる ゆきまろげ)

意味・・雪まろげに興じていた子供の手を見ると、
    霜やけで赤くはれているので、息を吹き
    かけ温めてやった。

    いかにも母親らしい、子を思う情愛に
    あふれた句です。

 注・・雪まろげ=雪を丸め転がして大きくする
       こと。

作者・・羽紅=うこう。生没年未詳。野沢凡兆(1
    714年没、金沢の医者)の妻。

出典・・猿蓑。

3072

 
晴るる夜の あはれはいはじ 月かげの おぼろにうつる
須磨の浦波
                   藤原為相

(はるるよの あわれはいわじ つきかげの おぼろに
 うつる すまのうらなみ)

意味・・晴れている夜の趣き深さはいうまでもないで
    あろう。月の光がおぼろに映っている須磨の
    浦波の面白さも決して劣ることはあるまい。

    秋のさわやかに輝く月はもちろん良いが、お
    ぼろに霞んで見える春の月も良いものだ。

 注・・あはれ=しみじみとした趣、深い感慨。

作者・・藤原為相=ふじわらのためすけ。1263~1328。
    正二位権中納言。母は阿仏尼(十六夜日記が有
    名)。

出典・・為相百首(小学館「中世和歌集」)


 
北へ行く 雁ぞ鳴くなる つれてこし 数はたらでぞ 
帰るべらなる
                  詠人しらず
                      
(きたへゆく かりぞなくなる つれてこし かずは
 たらでぞ かえるべらなる)

意味・・春が来て北国に飛び帰る雁の鳴き声が聞こえて
    くる。あのかなしそうな鳴き声は、日本に来る
    時には一緒に来たものが、数が足りなくなって
    帰るからなのだろうか。

    この歌の左注に、「この歌の由来は、ある人が
    夫婦ともどもよその土地に行った時、男の方が
    到着してすぐに死んでしまったので、女の人が
    一人で帰ることになり、その帰路で雁の鳴き声
    を聞いて詠んだものだ」と書かれています。

 注・・べらなり=・・のようである。

出典・・ 古今和歌集・412。

936
 
時過ぎて かれゆく小野の 浅茅には 今は思ひぞ
たえず燃えける
                 小町が姉
 
(ときすぎて かれゆくおのの あさじには いまは
 おもいぞ たえずもえける)

意味・・盛りの時が過ぎて、枯れてゆく野の浅茅には、
    今は野火の火が絶えず燃えている。

    恋の盛りの幸せな時が過ぎて、あなたから疎
    まれていても、私には恋しく思う胸の火が熱
    く燃えています。

 注・・小野=野。「小」は接頭語。小野氏を詠み込
     み、「浅茅」のあわれな姿に自分自身をなぞ
     らえている。
    浅茅(あさじ)=低い茅(かや)。

作者・・小町が姉=こまちがあね。生没年未詳。平安
     時代の人。小野小町の姉。

出典・・古今和歌集・790。

5188

 
冬がれに 里のわら屋の あらはれて むらどりすだく
梢さぶしも
                  賀茂真淵

(ふゆがれに さとのわらやの あらわれて むらどり
 すだく こずえさぶしも)

意味・・冬枯れのために葉がなくなって、これまで木々に
    隠れていた里の藁(わら)屋があらわに見えるよう
    になり、多くの鳥が梢に集まり群がる様子は寂し
    い。

 注・・すだく=集く。群がり集まる。

作者・・賀茂真淵=かものまぶち。1697~1769。田安宗
      武に仕える。本居宣長ら多くの門人を育てる。

出典・・小学館「近世和歌集」。

1756

 
おもうどち 寒き雨夜も 忘れけれ 宇治栂尾の
品定めして
                 井上文雄

(おもうどち さむきあめよも わすれけれ うじ
 とがのおの しなさだめして)

意味・・茶を好む者同士が、気か付けば、寒い雨夜さえ
    忘れさっているのだ。宇治がおいしいか栂尾が
    おいしいか、茶の味の品評をしあって。

 注・・栂尾=京都市右京区。明恵上人が栂尾にお茶を  
     植栽した。
    宇治=京都の南部に位置する。栂尾のお茶が移
     植され、やがて宇治は茶所になった。

作者・・井上文雄=いのうえふみお。1800~1871。江
      戸の人で田安藩の待医。

出典・・歌集「調鶴集」(松本章男著「京都百人一首」)


 
春の夜は 軒ばの梅を もる月の 光もかおる
心地こそすれ
                藤原俊成

(はるのよは のきばのうめを もるつきの ひかりも
 かおる ここちこそすれ)

意味・・春の夜は、軒端に芳香を放っている梅の、その間
    から漏れて来る月の光までもが薫るような心地が
    することだ。

    優雅な雰囲気を歌っています。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~1204。
    正三位・皇太后宮大夫。千載和歌集を撰進。

出典・・千載和歌集・24。

1752

 
梅の花 また来ん春は 咲くらめど 下降ちゆく
我ぞわびしき
                 良寛

(うめのはな またこんはるは さくらめど した
 くだちゆく われぞさびしき)

意味・・梅の花は、またやって来る春には咲くであろ
    うが、盛りが過ぎ心も衰えてゆく私の身は、
    まことにわびしいことだ。

    体力の衰えを感じた老人の嘆きです。嘆くだ
    けでなく、出来る事を精一杯して生きていき
    たいものです。

 注・・下=心、心の中。
    降(くだ)ち=盛りが過ぎる、衰える。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。


 
もう空を映す余地なし江津の鴨

                   
(もうそらを うつすよちなし えずのかも)

意味・・江津湖には鴨や白鳥が飛来して来て、湖面
    一杯に浮かんでいる。その数は青色の空を
    映す余地がない程である。

 注・・江津=熊本市水前寺にある江津湖。

出典・・地方新聞。


 
花見れば いとど心は 慰みぬ 吾が白髪の 
生ふと知らずて
               良寛

(はなみれば いとどこころは なぐさみぬ わが
 しろかみの おうとしらずて)

意味・・梅の花を見ていると、いっそう心が穏やかに
    慰められることだ。私の髪が白く生えるとも
    しらないで。

    好奇心の旺盛な若い時と違って、何事からも
    興味が薄れて行く年老いた今、花を見て心が
              慰められることは嬉しいことだ。

 注・・いとど=いっそう、ますます。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。


 
幸福が 見つかりそうに 朝焚き火

                   星野立子

(こうふくが みつかりそうに あさたきび)

意味・・朝、庭の落ち葉を集めて焚き火をしている。
    一仕事をした心地よさ、早朝の美味い空気。
    焚き火に当っていると、今日一日の幸せの
    始まりが感じられてくる。

作者・・星野立子=ほしのたつこ。1903~1984。
    高浜虚子の次女。東京女子大学高等学部卒。
    虚子に師事。


 
唐錦 秋見し水の 鏡さへ 落葉に曇る 
冬の山川
             藤原持季 

(からにしき あきみしみずの かがみさえ おちばに
 くもる ふゆのやまかわ)

意味・・秋には唐錦のような紅葉を映し見た山川の水鏡
    までもが、冬の今は散りかかる落ち葉で曇って
    いる。

    鏡のような水面が少し雲っているようだ。それ
    は落ち葉が散り(塵)、鏡に塵がかかったからで
    あろう。

作者・・藤原持季=ふじわらのもちすえ。1415年生まれ。
    従一位権大納言。1467年出家。

出典・・仙洞歌会(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)


 
梅もみな 春近しと 咲くものを 待つ時もなき
我や何なる
                紀貫之 

(うめもみな はるちかしと さくものを まつとき
 もなき われやなになる)

意味・・梅でさえもどれもが春が近いといって花咲く
    のに、開花する時を待つことのない、我が身
    は一体何なのだろう。

    開花した梅の花と対比して、不遇な身の上を
    嘆いた歌です。

作者・・紀貫之=きのつらゆき。872~945。従五位・
    土佐守。古今和歌集の撰者、仮名序を執筆。

出典・・拾遺和歌集・1157


 
あはれさや 時雨るる時の 山家集
                    山口素堂

(あわれさや しぐるるときの さんかしゅう)

意味・・時雨忌の頃芭蕉を偲び、彼が愛誦した「山家
    集」を読んでいると、ありし日の亡友との親
    交が思い出され、感慨もまたひとしおである。

    芭蕉が没したのは旧暦10月22日で、初冬の時
    雨が降る頃であり、その忌日を時雨忌という。
    芭蕉が西行を畏敬し、その歌集「山家集」を
    愛読していた。素堂も芭蕉と親交があり尊敬
    を受ける間柄であった。

 注・・あはれ=感慨が深いこと。
    時雨=初冬の頃急に降ったり止んだりする雨。
    山家集=西行が詠んだ歌集。
    時雨忌=松尾芭蕉の命日(旧暦の元禄7年(16
         94年)10月22日)。

作者・・山口素堂=やまぐちそどう。1642~1716。
        芭蕉とも親交があった。「目には青葉山ほと
    とぎす初鰹」の句で有名。

出典・・素堂家集(小学館「近世俳句俳文集」)


 
雪霜に 色よく花の さきかけて 散りても後に 
匂う梅の香
                芹沢鴨

(ゆきしもに いろよくはなの さきかけて ちりても
 のちに
 におううめのか)

意味・・雪や霜に負けずほかの花に先駆けて美しく咲い
    た梅の花は、散った後にも香を残すものだ。

    自分を早咲きの梅にたとえて詠んだ歌です。

 注・・さきかけて=「咲きかけて」と「先駆けて」を
     掛ける。

作者・・芹沢鴨=せりざわかも。1826~1863。近藤勇ら
     と新撰組を結成する。横暴な振る舞いのため
     暗殺される。

出典・・菊池明「幕末百人一首」。

四天王 憤怒す百舌も また叫ぶ  
                    水原秋桜子
                 
(してんのう ふんぬす もずも またさけぶ)

意味・・阿弥陀如来は美しく、近づいて接すると願いを
    聞いてくれるという。如来を守っているのが、
    四天王(広目天・持目天・増長天・多聞天)。
    広目天は怒り顔で邪鬼(邪気)を足で踏み付け
    ている。百舌の鳴き声が聞こえる。これはあた
    かも邪鬼(邪気)の悲鳴のようだ。    

 注・・百舌(もず)=頭は茶色、背中は灰茶色。
     キーツ、キキキキキと鋭い声で鳴く。

作者・・水原秋桜子=みずはらしゅうおうし。1892~
    1981。産婦人科医。虚子の客観写生に対して
    主観写生を唱える。

 

1751

 
燈火の 明石大門に 入らむ日や 漕ぎ別れなむ
家のあたり見ず    
                柿本人麻呂

(ともしびの あかしおおとに いらんひや こぎ
   わかれなん いえのあたりみず)

意味・・明石の広い海峡に船がさしかかる日には、
    はるか彼方の故郷に別れを告げることに
    なるであろうか。もう家族の住む大和の
    山々を見ることもなく。

    当時、防人たちを初めとする国を追われ
    た人達は、明石海峡を越えてそれぞれの
    地に送られて行った。それで明石は別離
    を象徴する場所となった。

    作者も大和から九州へ下る時の心細さ、
    長い間家族ともう会えない寂しさを詠ん
    でいます。

 注・・燈火=明石の枕詞。
    大門(おおと)=大きな海峡。

 作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没未
    詳。奈良遷都(710)頃の人。舎人(とねり・
    官の名称)として草壁皇子、高市皇子に仕え
    た。

出典・・万葉集・254。

このページのトップヘ