名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2020年04月

1872

斑鳩の 富の井の水 生かなくに 飲げてましもの
富の井の水
                聖徳太子

(いかるがの とみのいのみず いかなくに たげて
 ましもの とみのいのみず)

意味・・斑鳩の富の井の水をーーどのみち命が保てなか
    ったのならーー飲ませてやれば良かった。富の
    井の水を。

    妃であった膳夫人(かしわでのおおとじ)が臨
    終に水を乞うたが、太子は病に障ることを案
    じて許さなかった。そのまま夫人は亡くなっ
    てしまった。その時の歌です。あの時、心ゆ
    くばかり飲ませてやれば良かった・・。

 注・・斑鳩=法隆寺がある一帯の地。
    生かなくに=生きていけないのに。
    飲(た)げて=食べて、飲んで。
    ましもの=もし・・だったらよかったろうに。

作者・・聖徳太子=しょうとくたいし。574~622。

出典・・上宮聖徳法王帝説(東京堂出版「和歌鑑賞事典」
 

1870

 
ひなげしの 咲く日となりて その上の そよ風ほどに
なつかしきひと
                   掛貝芳男
 
(ひなげしの さくひとなりて そのかみの そよかぜ
 ほどに なつかしきひと)

意味・・緑萌え、風薫る五月がやってきて、また赤い
    ひなげしの花が野に咲く頃になった。その上
    を柔らかく吹くそよ風、そのそよ風のように
    ふと懐かしく思い出されて来るのは、ああ、
    過ぎ去ったあの頃のあの人の面影・・・。

 注・・ひなげし=ケシ科の一年草。花弁は非常に薄い。
     開花時期は4/5~6/15頃。別名は虞美人草・
     ポピー。
    その上(かみ)=当時、昔。「その上(うえ)」を
     掛ける。

作者・・掛貝芳男=かけがいよしお。詳細未詳。大正・
     昭和の人。

出典・・新万葉集。


 
1868

はしきやし 栄えし君の いましせば 昨日も今日も
我を召さましを
                  余明軍

(はしきやし さかえしきみの いましせば きのうも
 きょうも あをめさましを)

意味・・ああ、お慕わしい。世に栄えておられたご主君が
    御在世ならば、昨日も今日も私をお傍(そば)へお
    召しになるであろうに。

    大伴旅人が没した時に従者であった明軍が、旅人
    を追慕して詠んだ歌です。旅人に信頼され可愛が
    られていた時の事を偲んでいます。

 注・・はしきやし=愛しきやし。いとおしいなあ、懐か
     しいなあ。

作者・・余明軍=よめいぐん。生没年未詳。大伴旅人の従
    者。

出典・・万葉集・・454。

1866

 
時々の 花は咲けども 何すれぞ 母とふ花の
咲き出来ずけむ
           山名郡の防人・丈部真麻呂

(ときどきの はなはさけども なにすれぞ ははとう
 はなの さきでこずけん)

意味・・季節季節に色々と花は咲くけれど、どうして母と
    いう花が今まで咲いて来なかったのであろうか。

    母の形をした花が咲いて欲しい、そうすれば手折
    って旅に携えて行くのに、という気持ちです。

 注・・母とふ=「母といふ」の約。
    山名郡=静岡県磐田市から袋井市のあたりの地。

作者・・丈部真麻呂=はせべのままろ。詳細未詳。防人。

出典・・万葉集・4323。

5576

 
わがしのぶ 同じ心の 友もがな その数々を
言ひ出でてみむ
                後村上天皇

(わがしのぶ おなじこころの とももがな その
 かずかずを いいいでてみん)

詞書・・懐旧非一。

意味・・自分が昔のことを思うのと同様の気持ちで昔を
    思う友が欲しいものだなあ、思い出すことは色
    々異なっても、同じように生きて来た道だから、
    それをみな言い合って話してみたい。

    思い出す具体的な事柄は違っても、同じような
    志で人生を過ごして来たのだからお互いによく
    理解しあえる。それをすっかり話しあったら楽
    しいだろうなあ、と言っています。

 注・・懐旧非一=昔の事を回顧するといっても思う事
     は人によって異なり同じではない。

作者・・後村上天皇=ごむらかみてんのう。1328~1368。
    南朝第二代天皇。

出典・・新葉和歌集。


 
1865

言にして いへば遥けし 眼にしみて 昨日かも見し
ことと思ふに
                                           窪田空穂

(ことにして いえばはるけし めにしみて きのう
 かもみし こととおもうに )

意味・・言葉にして言えば、それは遠い以前のことで
    ある。今もはっきりと眼に残っていて、つい
    昨日見たのでもあるかのように思われるのに。

    遥か昔の事であっても、今もはっきりと思い
    出す事があると詠んでいます。
 
 注・・言にして=言葉、口に出して。
    眼にしみて=はっきりと眼に残っていて。
    昨日かも見し=「か」は疑問を「も」は詠嘆
     を表す。つい昨日見たような。

作者・・窪田空穂=くぼたうつほ。1877~1967。早稲
    田大学卒。早稲田大学教授。

1864

 
荒し男の いをさ手挟み 向ひ立ち かなるましずみ
出でてぞ我が来る
                 防人

(あらしおの いおさだはさみ むかいたち かなる
 ましずみ いでてぞあがくる)

意味・・勇ましい男子が矢を手に挟んで狙いを定め、
    ぴたりと引く手を止めるように、妻が諦めて
    て鎮まるのを見はからって、私は防人にと出
    かけて来ました。

    諦めきれない妻がとうとう観念したので、防
    人として旅立ちが出来たが、辛さは私も同じ
    事だ・・。

 注・・荒し男=粗暴な男、勇ましい男。
    いをさ=狩の矢。
    かなるましずみ=か鳴る間静み。騒がしい音
     を静める。

出典・・万葉集・4430。

3417.1

 
高き家に 君とのぼれば 春の国 河遠白し
朝の鐘なる
                与謝野晶子

(たかきやに きみとのぼれば はるのくに かわ
 とおしろし あさのかねなる)

意味・・恋人と一緒に山上の高殿にのぼり、遥か眼下を
    見晴らしますと、そこは今や爛漫の春霞たなび
    く春の国でした。その国の中ほどを貫いて一条
    の河が、白々と遠く光つつ流れ、折しも寺院の
    朝の鐘が、祝福するかの如く静かに鳴り始めま
    した。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺
            女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形
    となる。

出典・・歌集「舞姫」。

1862


   かなしきは
   飽くなき利己の一念を
   もてあましたる男にありけり
                     石川啄木

(かなしきは あくなきりこの いちねんを もてあまし
 たる おとこにありけり)

意味・・実に悲しく惨めなものは、どこまで行っても満足
    しないような深い自己中心的な気持ちを抱きつつ、
    われながらその気持ちをもてあましている男の生
    きざまなのである。

    「利己の一念をもてあました」というのは、自己
    中心をあくまで貫こうとしながら、他方では自己
    中心主義に行き詰まり、もてあましていること。
    例えば、文学で身を立てたいという志で歌誌を出
    版しょうとしても、金で行き詰まるような事です。
    そうした矛盾を自ら客観視して「悲惨」だと感じ
    ています。

 注・・かなしきは=「男にありけり」に照応する言い方
     なので、客観的な「悲惨だ」という意味になる。
    利己の一念=俗ぽい利己主義を言うのではなく、
     自己中心的な生き方と気持ちを言う。自分の志。
    男にありけり=男すなわち自分なのだという思い
     入れを表現している。「男なりけり」では外面
     的に説明した感じになり、「男なるかな」では
     詠嘆になり、自省という深みが表れない。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。18861912
      26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に
     師事するために上京。

出典・・歌集「我が愛する歌」(玉木徹著「石川啄木の秀歌」)

1860

見ぬ人に よそへて見つる 梅の花 散りなむ後の
なぐさめぞなき
                 藤原定頼

(みぬひとに よそえてみつる うめのはな ちりなん
 のちの なぐさめぞなき)

詞書・・梅の花に添えて大弐三位に贈った歌。

意味・・逢えないあなたに、なぞらえて見て来たこの梅
    の花です。散ってしまう後は、慰めとするもの
    がありません。

    庭前の梅の花は清らかに匂っていて、それを大
    弐三位と思って、なぞらえて毎日見ているとい
    う訴えです。しかしやがて散ってしまう時を思
    うと、心を慰めることが出来ず、堪えがたいと
    言っています。逢いたい!

 注・・見ぬ人=逢おうとしない人。
    よそへて=たとえて、なぞらえて。
    大弐三位=だいにのさんみ。藤原宣孝の娘・賢
     子。母は紫式部。

作者・・藤原定頼=ふじわらのさだより。995~1045。
    父は大納言藤原公任。正二位権中納言。

出典・・新古今和歌集・48。


 
あはづ野の すぐろのすすき つのぐめば 冬たちなづむ
駒ぞいばゆる 
                    権僧正静円

(あわづのの すぐろのすすき つのぐめば ふゆたち
 なずむ こまぞいばゆる)

意味・・春が来て粟津野のすぐろの薄が芽ぐみ初めると、
    元気がなかった駒が、時を得た顔に声高くいな
    ないていることだ。

 注・・あはづ野=粟津野。滋賀県大津市瀬田辺りの地名。
    すぐろ=末黒。春、野原を焼いたあとの草木が
     黒く漕げていること。
    つのぐめば=芦・荻・薄などが角のように芽を
     出すこと。
    なづむ=悩み苦しむ。
    いばゆる=嘶(いなな)く。

作者・・権僧正静円=ごんのそうじょうじょうえん。10
    16~1074。和泉式部の孫。

出典・・後拾遺和歌集・45。

深見草 今を盛りに 咲にけり 手折るもおしし 
手折らぬもおし

               良寛

(ふかみぐさ いまをさかりに さきにけり たおるも
 おしし たおらぬもおし)

意味・・牡丹の花は、今が盛りだとして、咲いている。
    あまり華やかなので、手で折り取るのも惜しい
    し、そのままにして置くのも惜しいことだ。

 注・・深見草=牡丹の異名。花は春に咲く。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。

 


 
駒とめて なほ水かはむ 山吹の 花の露添う 
井出の玉川 
      
                藤原俊成

(こまとめて なおみずこわん やまぶきの はなの
   つゆそう いでのたまがわ)

意味・・馬を止めてやはり水を飲ませよう。山吹の
    花の露が加わる井出の玉川で。

    岸一体が明るい山吹の花。花から光こぼれる
    露。その露の加わった流れ。去りがたく馬が
    水を飲む間、美しい山吹の花を眺めていよう
    という心です。

 注・・水かはむ=水飼(こ)はむ。水を飲ませよう。
    井出の玉川=京都綴喜(つづき)井出町を流れ
     る川。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~12
    04。正三位皇太后大夫。千載集を撰進。

出典・・新古今和歌集・159。


 
ころころと 小石流るる 谷川の かじかなくなり 
落合の滝
                建礼門院

(ころころと こいしながるる たにがわの かじかなくなり
 おちあいのたき)

意味・・ころころと小石が転げるようなせせらぎが聞こえる
    谷川は落合の滝となって流れている。この滝では河
    鹿が美しい声で鳴いていて清々しさが誘われる。

 注・・かじか=河鹿。蛙の一種。谷川に棲み美しい声で鳴
     く。
    落合の滝=京都市左京区大原の草生川にあり、寂光
     院につながる道路にある小さな滝。

作者・・建礼門院=けんれいもんいん。1155~1213。高倉
    天皇の中宮。父は平清盛。1185年平家が壇ノ浦の
    合戦で敗れると、入水したが助けられ、その後大原
    の寂光院で尼となる。


 
わが宿の 池の藤波 咲きにけり 山ほとどぎす 
いつか来鳴かむ
                詠人知らず

(わがやどの いけのふじなみ さきにけり やま
 ほとどぎす いつかきなかん)

意味・・我が家の庭先の池のほとりの藤の花が
    みごとに咲いた。山ほとどぎすはいつ
    ここに来て鳴いてくれるだろうか。
    早く来て鳴いてほしいものだ。

 注・・藤波=藤の長い花房が垂れて風に揺られて
     いる風情。

作者・・柿本人麻呂とも言われている。

出典・・古今和歌集・135。

1859

 
白樫の 瑞枝動かす 朝風に きのふの春の
夢はさめにき
              香川景樹

(しらかしの みずえうごかす あさかぜに きのうの
 はるの ゆめはさめにき)

意味・・白い樫の若葉の付いたみずみずしい枝を動かし
    て吹くさわやかな朝風によって、昨日までの夢
    見心地のような春の気分は覚めてしまった。

    初夏のさわやかで力みなぎるような気分を歌っ
    ています。春は冬の緊張感がなくなり物憂い気
    分があります。そんな気分を春の夢と譬えてい
    ます。

 注・・瑞枝=みずみずしい若葉。
    春の夢=幻のような状態、もの憂い春の気分。

作者・・香川景樹=かがわかげき。1768~1843。

出典・・歌集「桂園一枝」。

1858
                 筑波山・女体山
 
橘の 下吹く風の かぐはしき 筑波の山を
恋ひずあらめかも
               占部広方

(たちばなの したふくかぜの かぐわしき つくばの
 やまを こいずあらめかも)

意味・・橘の木の下を吹き抜ける風が香(かぐわ)しく薫る
    筑波の山、あの山をどうして偲ばずにいられよう
    か。

    防人として故郷を離れて詠んだ歌です。異郷に於
    いて、橘の香りを嗅いで、故郷の山に思いを馳せ
    ています。

 注・・かぐはし=香りがよい、かんばしい。
    恋ひ=離れている人・土地・植物などを慕い思う
     こと。

作者・・占部広方=うらべのひろかた。生没年未詳。防人。

出典・・万葉集・4371。

1857

 
行き違ひに なりにしのみと 知るまでに また重ねたる
歳月ありき
                    大西民子

(ゆきちがいに なりにしのみと しるまでに また
 かさねたる さいげつありき)

意味・・ある時にある人と何かがあって悪意とは言わない
    までも、いい感情を持たなくなってしまった。そ
    れからずっと、よそよそしい状態が続いていたが、
    歳月が経ってから誤解だということが他の事から
    判明した。この長い間の行き違いよ、この失った
    時間はもう戻って来ない。

作者・・大西民子=おおにしたみこ。1924~1994。奈良
    女子高等師範学校卒。木俣修に師事。浦和図書館
    に勤務。

出典・・歌集「印度の果実」(短歌新聞社「現代秀歌鑑賞」)

1856

 
さびしさに すべなくをれば 木の間より もの言ひかくる
鶯の声
                    大熊言道

(さびしさに すべなくおれば このまより ものいい
 かくる うぐいすのこえ)

意味・・寂しさに心がとらえられ、それを何ともしょうが
    なくしていたら、梢の間からものを言いかけて来
    る鶯の声がする。

    心がふさぎ晴れ晴れしなく、何となく何もしたく
    ない気持ちになっていたら、鶯の声がした。その
    方向に気がとらわれていると、憂鬱な思いもいつ
    しか気が紛れてしまった。
    
 注・・すべなく=なすべき方法がない。
    もの言ひかくる=鳴き声を擬人化したもの。

作者・・大熊言道=おおくまことみち。1798~1868。福岡
    城下の商家の育ち。歌人・書家。

1855

 
春の夜を 君と出づれば ぬかるみの 路をひろふも
のどけきものを
                  笹森壽子

(はるのよを きみといずれば ぬかるみの みちを
 ひろうも のどけきものを)

意味・・春の夜を、この人と一緒に外出しいる私には、
    泥まみれのぬかるみ路を通って行くのでさえ、   
    なんとまあ、のどやかな、春らしい心地よい
    気分です。

 注・・ひろふ=拾ふ。落ちた物を取り上げる。車を
     止めて乗る。徒歩で歩く。

作者・・笹森壽子=ささもりとしこ。生没年未詳。歌
    人。夫とともに歌誌「剄草」を創刊。

出典・・新万葉集。

1853

 
川ひとすじ 菜たね十里の 宵月夜 母が生まれし
国美くしむ
                 与謝野晶子

(かわひとすじ なたねじゅうりの よいづきよ ははが
 うまれし くにうつくしむ)

意味・・春の宵のおぼろ月、その淡い月光のもと、一筋の
    川が流れ、一面黄色に、やわらかに果てしも無く
    菜の花畑が広がっている。久しぶりに訪れたここ
    は、かって母が生まれた国、その国は夢のように
    美しい。
 
    やさしかった母を懐かしみ、また春の宵を惜しむ
    心が歌われています。

 注・・菜たね=部名は菜の花。 

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺女学
    校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形となる。

出典・・歌集「小扇」(荻野恭茂著「晶子の美学」)

1852

卯の花も いまだ咲かねば ほととぎす 佐保の山辺に
来鳴き響す
                   大伴家持

(うのはなも いまださかねば ほととぎす さほの
 やまべに きなきとよもす)

意味・・卯の花もまだ咲かないのに、ホトトギスは早くも
    やって来て佐保の山辺でもう鳴きたてている。

    思いかけずに早くホトトギスがやって来た喜びを
    歌っています。卯の花はホトトギスが来るととも
    に咲くものとされていました。

 注・・佐保=大伴家持の邸宅がある所。
  
作者・・大伴家持=おおとものやかもち。718~785。大伴
    旅人の長男。越中(富山)守。万葉集の編纂を行う。

出典・・万葉集・1477。

1850

 
わが心 いかにせよとて 時鳥 雲間の月の
影に鳴くらむ。
               藤原俊成

(わがこころ いかにせよとて ほととぎす くもまの
 つきの かげになくらん)

意味・・私が寂しい思いに浸(ひた)っているのに
    どうせよというので、ほととぎすは雲の
    切れ目からさす月の光のもとで、あのよ
    うに哀しく鳴いているのだろう。

    哀しさを一層掻き立てられる思いです。
    
作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1113~
    1204。正三位皇太后大夫。千載和歌集の
    撰者。

出典・・新古今和歌集・210。

1849

隠りのみ 居ればいぶせみ 慰むと 出で立ち聞けば
来鳴くひぐらし
                 大伴家持

(こもりのみ おればいぶせみ なぐさむと いで
 たちきけば きなくひぐらし)

意味・・家にひきこもってばかりいて気が滅入るので、
    気晴らしに外に出て耳を澄ますと、もうひぐら
    しが来て鳴いている。

    作者の鬱情は、ひぐらしのもたらす気分の中に
    溶け入り、心が澄みゆくのであった。
    
 注・・いぶせみ=うっとうしい、はればれしない。
    ひぐらし=蜩。せみ科の昆虫。夏から秋の夕方
     「カナカナ」と澄んだ声で鳴く。

作者・・大伴家持=大伴家持。718~785。大伴旅人の
            長男。越中(富山)守。万葉集の編纂を行う。

出典・・万葉集・1479。

5723

たった今 全部すてても いいけれど あたしぽっちの
女でも好き?
                  渡辺志保

(たったいま ぜんぶすてても いいけれど あたし
 ぽっちの おんなでもすき?)

意味・・あなたは私の何に惹(ひ)かれたの? 私の持っ
    ている外見、声、肉体、服装のセンス、お金、
    教養、性格、家庭環境・・。私はあなたのため
    なら、どんなものでも捨てる覚悟がある。でも、
    何もかも捨てた私そのものを、愛してくれる?

    外見や性格など、捨てようと思っても捨てられ
    ないものも多いけれど、相手が自分の何に惹か
    れているのかを知りたい気持ちがこの歌に含ま
    れています。

作者・・渡辺志保=わたなべしほ。1968~ 。秋田生
    まれ。「かばん」所属。

出典・・俵万智著「あなたと読む恋の歌百首」。
 


 
高槻の こずえにありて 頬白の さへづる春と 
なりにけるかも 

                島木赤彦

(たかつきの こずえにありて ほおじろの さえずる
 はるに なりにけるかも)

意味・・山国の冬もようやく過ぎ去り、高い槻の木の
    てっぺんに頬白が朗らかにさえずる春になっ
    たことだ。

    作者は長野県の生まれで、冬の長い信州にも
    ようやく春が来て、木のてっぺんで朗らかに
    鳴く頬白の声をとらえて春の喜びを詠んでい
    ます。   

 注・・高槻=高い槻の木。「槻」はけやきのことで
     にれ科の落葉喬木。
    頬白=雀科の鳥。春になると潅木の頂で囀る。

作者・・島木赤彦=しまきあかひこ。1876~1926。
    長野県諏訪市に生れる。大正期の代表的歌人。

出典・・谷馨著「現代短歌精講」。


 
年ごとに 来てはかせいで 帰れるは 越路にたんと
かり金やある
                  加保茶元成
             
(としごとに きてはかせいで かえれるは こしじに
 たんと かりがねやある)

意味・・雁が毎年北の方から来ては、せっせと稼いで帰って
    行くが、雁金というから、郷里の越路にたんと借金
    でもあるのだろうか。

    題は「帰雁(きがん)」。当時、雪国の越後や信州か
    ら江戸へ、冬の期間出稼ぎに来ていた奉公人になぞ
    らえ見立てた歌です。

 注・・越路=北陸地方。
    帰雁=春になって南から北へ帰る雁。
    かり金=雁金。雁のこと、「借金」を掛ける。

作者・・加保茶元成=かぼちゃのもとなり。1754~1828。
    本名村田市兵衛。新吉原の妓楼の主人。

出典・・小学館「黄表紙・川柳・狂歌」。


 
時鳥 声待つほどは 片岡の 森の雫に 立ちや濡れまし

                   紫式部

(ほとどぎす こえまつほどは かたおかの もりのしずくに
 たちやぬれまし)

意味・・ほとどぎすの鳴き声を待っている間は、片岡の森の
    朝露の雫に、立っていて濡れよう。 

    早朝、賀茂神社に参詣(さんけい)したおり、一緒に
    いた人が、「ほとどぎすが鳴いて欲しいものだ」と
    いったので詠んだ歌です。

    曙の美しい情景に片岡の梢が美しく見え、ほととき
    ぎすの声を待つ心のときめきを詠んでいます。

 注・・片岡=京都の賀茂にある丘の名。
    立ちや=「や」は疑問の助詞で「や・・まし」で
    ためらう気持を表わしている。

作者・・紫式部=むらさきしきぶ。970頃~1016頃。

出典・・新古今和歌集・191。

霞立つ 沖見の嶺の 岩つつじ 誰が織り染めし 
唐錦かも
               良寛

(かすみたつ おきみのみねの いわつつじ たがおり
 そめし からにしきかも)

意味・・越後の低い山並みにある沖見の山に、岩つつじの
    花が、白くかかる霞の中で、赤く咲いている。こ
    の美しい自然は、誰が織って染めた唐織りの錦な
    のであろうか。

 注・・霞立つ=霞がかかる。
    沖見の嶺=沖見峠ともいう。新潟県長岡市から柏
    崎市への旧街道で絶景の地といわれた。
    唐錦=紅色を交えた唐織りの厚地の絹織物。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。越後出雲崎に
    神官の子として生まれる。18歳で曹洞宗光照寺に
    入山。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。

 

春深み 井出の川波 立ち返り 見てこそ行かめ 
山吹の花
               源順 

(はるふかみ いでのかわなみ たちかえり みてこそ
 ゆかめ やまぶきのはな)

意味・・春が深まったので、井出の川波が立ち返るように、
    幾度も立ち戻りながら、じっくり見てから行こう、
    名物の山吹の花を。

    山吹の花を見て最後の春を満喫しょうと詠んでい
    ます。

 注・・井出=京都綴喜(つづき)群井出町。山吹の花と蛙
     とが景物。

作者・・源順=みなもとのしたがう。911~983。従五位
    能登守。 

出典・・ 拾遺和歌集・68。

 

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