名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2020年06月

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 大船に 真楫しじ貫き この吾子を 唐国へ遣る
斎へ神たち
                 光明皇后

(おおぶねに まかじしじぬき このあこを からくにへ
 やる いわえかみたち)

意味・・大船に左右の楫を隙間なく取り付けて、この
    いとしい我が子を、唐の国へ遣わします。ど
    うか神様がた、大事に守ってやって下さい。

    皇后の甥である藤原清河を遣唐使に送る時に
    詠んだ歌です。当時の遣唐使は国家的な大事
    業で、生死をかけたものであった。清河は任
    を終えて阿倍仲麻呂と同船して帰国の途中に
    遭難して帰国出来なかった。

 注・・楫=船を漕ぐ道具。かい・ろなど。
    しじ貫き=隙間なく貫き並べる。
    吾が子=遣唐使の清河は光明皇后の甥なので
     親しみを込めて言った。
    斎(いわ)へ神たち=穢れを取り除いて大切に
     守る意。

作者・・光明皇后=こうめいこうごう。700~760。聖
    務天皇の皇后。

出典・・万葉集・4240。

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朽ちゆくも なにかおしまむ うき世には かへらぬみちの
谷のしばはし
                    萩原宗固

(くちゆくも なにかおしまん うきよには かえらぬ
 みちの たにのしばみち)

意味・・朽ちてゆくのもどうして惜しむ必要があろうか。
    俗世には戻らないと決心してたどって来た道の
    通る谷の芝橋は。

    乗りかかった船です。乗って漕ぎ出した船から
    は降りることが出来ないことから、一旦手をつ
    けてやり出した以上は、途中でやめたり、手を
    引いたり出来ないということで、決心の気持ち
    を詠んでいます。

作者・・萩原宗固=はぎわらそうこ。1703~1784。幕府
    の与力。冷泉為村に師事。

出典・・小学館「近世和歌集」。

5617

眠くなりて ねむりし昼の しばしだに 命やすしと 
せめて思ふよ
                   大井広

(ねむくなりて ねむりしひるの しばしだに いのち
 やすしと せめておもうよ)

意味・・眠いままにしばらく昼寝をし、目覚めた思いは、
    このしばしの時間は、哀しみを忘れて、我が命
    に安らぎのあった時だと思う。
 
    嫌な事があったのだろうが、自然の要求に従
    って素直に眠った昼寝が、気持ち良い目覚め
    となり嫌な事も忘れて安らぎを感じています。

 注・・命やすし=いくら思い悩んでも解決出来ない
     ような問題を持っていて、昼寝をしたらそ
     の心地よさが、嫌な事を忘れさせてくれた
     ような状態。

作者・・大井広=おおいひろえ。1893~1943。京大文
    学部卒。立命館大教授。太田水穂に師事。

出典・・歌集「きさらぎ」(東京堂出版「現代短歌鑑
    賞事典」)

 

0042

 散策の 道を変えれば 行き止まり 自生の水仙 
華やぎて咲く
                 hana

(さんさくの みちをかえれば ゆきどまり じせいの
 すいせん はなやぎてさく)

意味・・行きつけの散歩道を変えて見た。それは初めて
    通る道です。進んでゆくと行き止まりになって
    いた。新しい雰囲気の道を気分よく散歩してい
    たのに残念だ。でも行き止まりの所には水仙の
    花が沢山咲いている。来て良かったと思う。
    何が幸いするか分からない。たまには散歩道を
    変えたいなあ。

    人はいつも分れ道に会って決断をする。右か左
    か、前か後か。その結果は大きく変わって来る。
    反対の道を選んでいたら私の人生も又変わって
    いたと思う。分れ道は一体どれほどあったであ
    ろうか。
    多くの別れ道がある中で一つ二つ間違えるのは
    当たり前。失敗や不幸もあって当たり前。失敗
    や不幸を気にしない気にしない。

作者・・hana=はな。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。


 
わが心 慰めかねつ 更級や 姥捨山に 
照る月を見て
              詠み人知らず

(わがこころ なくさめかねつ さらしなや うばすて
 やまに てるつきをみて)

意味・・私の心はついに慰められなかった。更級の
    姥捨山の山頂に輝く月を見た時はかえって
    悲しくなった。

    「大和物語」説話によると、信濃国に住む
    男が、親の如く大切にして年来暮らして来
    た老いた伯母を、悪しき妻の誘いに負けて
    山へ捨てて帰るが、家に着いてから山の上
    に出た限りなく美しい月を眺めて痛恨の思
    いに堪えず詠んだ歌、です。

    なお、盲人の塙保己一(はなわほきいち)が
            姥捨て山に来て気持ちを聞かれた時に「わ
    が心慰めかねつ更級や姥捨山に照る月を見
    で」と詠み、「見て」を「見で(見ないで)」
    と「て」を「で」に替えただけでしたが意
    味は反対にしています。
    
 注・・更級=長野県更級の地。
    姥捨山=更級郡善光寺平にある山。観月の
     名所。
    塙保己一=はなわほきいち。1746~1821。
     江戸時代の国文学者。

出典・・古今和歌集・878。


 
新米の 酒田は早し もがみ河
                    蕪村

(しんまいの さかたははやし もがみがわ)

意味・・最上川の速い流れに乗って、新米は早くも
    酒田に集まり各地に出荷されている。

 注・・酒田=山形県酒田市。最上川が日本海に流
     れている。庄内平野があり米の産地。
    早し=酒田に集まる新米の速さと、最上川
     の急流を掛けている。

作者・・蕪村=ぶそん。与謝蕪村。17161783。
    池大雅とともに南宗画の大家。


 
思ふこと なくて見まほし ほのぼのと 有り明けの月の
志賀の浦波       
                    藤原師賢

(おもうこと なくてみまほし ほのぼのと ありあけの
 つきの しがのうらなみ)

意味・・何の物思いもなく見たいものだ。ほのぼのと明けて
    ゆく有明の月の下、寄せては返す志賀の浦波のこの
    美しい光景を。

    1331年後醍醐天皇は北条氏討伐を企てたが、計画が
    漏れて奈良に退散した。近臣の師賢が僧兵を味方に
    つけようとしたが失敗。その帰り路で詠んだ歌です。

作者・・藤原師賢=ふじわらのもろかた。1301~1332。32
    歳。後醍醐天皇に重要された。正二位大納言。
 
出典・・新葉和歌集。

0074

年経れば 家族もいなく ふるさとの 兄が一人居の
吾を案ずる
                   hana

(としへれば かぞくもいなく ふるさとの あにが
 ひとりいの われをあんずる)

意味・・子供達も独立し、夫も亡くなって幾年月。
    老いの身を寂しく暮らしている。故郷の兄
    も同じで一人で暮らしている。私はこの夏
    大きな病気をした。兄は案じて何かと電話
    をしてくれる。私も一人暮しの兄が心配だ。

    私はこの夏に大きな病気をした。兄も最近
    老人ホームに入った。その後に落ち着いた
    ので詠んだ歌です。

作者・・hana=はな。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。

0051

 山肌に 薄化粧したる 丹沢の 青空に映え 
今日は冬晴れ
               hana

(やまはだに うすげしょうしたる たんざわの あおぞら
 にはえ きょうはふゆばれ)

意味・・昨日は下界では小雨であったが、丹沢は雪になった
    のだろう。山は薄化粧をしている。今日は冬晴れで
    空は真っ青。丹沢の山々も映えて美しく見える。

          天候は不安定で、雨が降ったり晴れたり曇ったり。
    私の気持ちのようにくるくる変わる。
    今日は冬晴れで暖かい。私の心もさわやかだ。
    今日はいいことがありそうだ。

 注・・丹沢=神奈川県北西部にある山地。最高峰の蛭ヶ岳
     は1673m。

作者・・hna=はな。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。

0081

 

馥郁と 古木なるとも 梅の花 おくびに出でず
はや咲き初めぬ
               hana

(ふくいくと ふるきなるともと うめのはな おくびに
 いでず はやさきはそめぬ)

意味・・梅の花が咲き始めた。いい香りがする花だ。だが
    この梅の木は老木だ。美しく咲かせた花だけを見
    るととても老木には見えない。

    青雲の志を持った古木。まだまだ私は若いのだ。
    弱り果てた姿なんかは見せられないぞ。元気な所
    を見せて花を咲かすのだ。

作者・・hana=はな。ブログ上の名前。
出典・・ライブドアーブログ。

0088

 君は行く 白い翼を はためかせ 我の知らない
広い世界へ
                西村由佳里

(きみはゆく しろいつばさを はためかせ われの
 しらない ひろいせかいへ)

意味・・白い翼をはためかせ大空へ飛んで行く。どこ
    までも飛んで行く。小さくなって消えるまで
    飛んで行く。私の知らないあこがれの世界へ。
    私も行ってみたいなあ、あなたか住んでいる
    広い広いあこがれの世界へ

作者・・西村由佳里=にしむらゆかり。1976~ 。
    立命館大学大学院卒。

出典・・アメーバーブログ。

5932

 人知れず 誰もが肩に 荷を背負う 苦を苦とせずに
生きよと僧言う
                 槿

(ひとしれず だれもがかたに にをせおう くをくと
 せずに いきよとそういう)

意味・・誰もが悩み事の一つ二つは持っているものだ。
    多くの人はそれを顔に出さない。あなたも辛い
    事があってもおくびに出さない事だと月命日に
    来た僧はお話された。

    勉学に運動に励んでいる時、ここまでやったの
    だからもういいだろうと思ってはいけない。
    もう一歩踏ん張る事だ。額に汗しているのはあ
    なただけではない。
      辛い事に出会った時も自分だけが辛い目に会っ
    ていると思うとなお辛くなる。重い荷を背負っ
    て歩いているのは自分以外にも多くいて頑張っ
    ているのだ。負けてはならないのだと、月命日
    に来た僧はお話をされた。

 注・・月命日=故人が亡くなった日のみを指す命日。

作者・・槿=むくげ。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。

0087

 
をりをりの これや限りも いく思ひ そのあはれをば
知る人もなし
                  京極為兼

(おりおりの これやかぎりの いくおもい そのあわれ
 をば しるひともなし)

意味・・逢ったその折にこれが最後かと何度も思った。
    その切ない気持ちは二人以外に誰も知らない
    ことだ。

    なんとか逢ってくれたが、これが最後でもう
    逢えないと思うと切ない。そんな切なさを幾
    たび味わったことか。

    逢えないのは周囲の反対のためか、それとも
    相手の愛情が薄れたためなのか。

作者・・京極為兼=きょうごくためかね。1254~1332。
    正二位権大納言。玉葉和歌集の撰者。

出典・・玉葉和歌集・1675。

0086

 
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ
思ひそめしか
                   壬生忠見

(こいすちょう わがなはまだき たちにけり ひとしれず
 こそ おもいそめしか)

意味・・恋をしているという私の噂が早くもたってしまった
    ものだ。誰にも知られないように、心ひそかに思い
    始めていたのに。

 注・・名=評判、うわさ。
    まだき=早くも、もう。

作者・・壬生忠見=みぶのただみ。生没年未詳。壬生忠岑の子。

出典・・拾遺和歌集・621、百人一首・41。

0084

 
数ならで 年経ぬる身は 今さらに 世を憂しとだに
思はざりけり
                 俊恵法師

(かずならで としへぬるみは いまさらに よを
 うしとだに おもわざりけり)

意味・・物の数にも入らずに何年も経た身にとっては、
    今更世を辛いところだなどとさえ思わないこ
    とです。

    不遇慣れした身の述懐です。不条理な事を言
    われても、「数ならでの身」なので仕方がな
    いと耐えている姿です。

 注・・数ならで=不遇な状態のままで。取るに足り
     ない。

作者・・俊恵法師=しゆんえほうし。1113生まれ。没
    年未詳。東大時の僧。

出典・・千載和歌集・1079。


 
たのしみは 庭にうえたる 春秋の 花のさかりに
あへる時時        
                 橘曙覧

(たのしみは にわにうえたる はるあきの はなの
 さかりに あえるときどき)

意味・・私の楽しみは、我が家の庭に植えた花々の
    満開を、今年も、春、秋の季節季節に眺め
    ることの出来る喜びだ。

    年々歳々短くなっていく人生に、花の盛り
    を今年も再び見られる感慨は深いものだ。

    楽しみがあると心が浮き浮きして、何事も
    良い方に向かい気持ちも晴れやかになる。
    楽しみがあるという事は良い事だ。花が咲
    く事に楽しみを見出す、小さな事にでもさ
    さやかな事にでも楽しみを見出す。こんな
    事が出来たらなら幸せだ、と詠んでいます。


作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1866。
    福井の紙商の家業の生まれ。福井藩の重臣
    と交流。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ
おどろかれぬる
                   藤原敏行
              
(あききぬと めにはさやかに みえねども かぜの
 おとにぞ おどろかれぬる)

意味・・秋が来たと目にははっきり見えないけれど、
    風の音にその訪れを気ずかされることだ。

    見た目には夏と全く変化のない光景ながら、
    確実に気配は秋になっていると鋭敏な感覚
    でとらえている。とくに朝夕の風にそれが
    いち早く感じられるが、歌の調べも、その
    秋風を聞いているような感じです。

出典・・ 古今和歌集・169。


 山城の 石田の森の いはずとも こころのうちを
照らせ月かげ    
                 藤原輔尹

(やましろの いわたのもりの いわずとも こころの
 うちを てらせつきかげ)

意味・・山城の石田の神社の森を照らす月は、何も言わ
    ないでも、私の心の中を照らし出して欲しい。
    その月明かりよ。
    誰か私の悩み事を聞いてくれないだろうか。

    山城の守(かみ)になって嘆いている時、月が輝
    いている頃、いかがですかと問われて詠んだ歌
    です。
    中世の山城国は戦乱が繰り返される中、「宮座」
    という自治組織が生まれ集団で農事や神事また
    一揆にあたっていた。
    そのため、山城は治めにくい国といわれた。
    輔尹はその後1006年に山城国を辞任した。

 注・・山城=京都府の南部一帯。
    石田の森=山城国の歌枕。神社があった。
    「いはたの森」の同音で「いはず」を導く。

作者・・藤原輔尹・・ふじわらのすけただ。生没年未詳。
    山城守・大和守。従四位下。
 
出典・・詞花和歌集・304

0080


 曇り深き 宗谷のせとの 朝明けを 我が乗れる船
ただ一つなり
                 石榑千亦

(くもりふかき そうやのせとの あさあけを わが
 のれるふね ただひとつなり)

意味・・曇りの深い宗谷海峡の明け方、海上に見えるもの
    といえば、自分が乗っている船がただ一つのみで
    ある。

    海峡といっても大きな海のことなので、稚内を出
    航して一時間もすれば陸地の影は見えなくなる。
    見えるのは水平線と空と雲に海原。この何一つも
    ない光景に感動して詠んでいます。

 注・・宗谷のせと=北海道と樺太の間の宗谷海峡。

作者・・石榑千亦=いしぐれちまた。1869~1942。香川
            県琴平明道高校卒。

出典・・歌集「鴎」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)

0078

 
今もかも 迫戸の波にや 船はのりし さかづきゆれて
酒のこぼれる
                  石榑千亦

(いまもかも せとのなみにや ふねはのりし さかずき
 ゆれて さけのこぼれる)

意味・・潮汐の干満によって生じる激しい潮流がある。
    今まさしく、瀬戸の激しい波に乗ったのであ
    ろう。手に持つ盃が揺れて、酒が膝の上にこ
    ぼれてしまった。

    激しい潮の音が聞かれ、また揺れる船の中で
    悠然と盃を傾ける作者の丈夫ぶりが感じられ
    ます。
 注・・迫戸(せと)=瀬戸。狭い海峡。
    にや=断定の助動詞「なり」の連用形「に」
     と副助詞の「や」。・・であろうか。

作者・・石榑千亦=いしぐれちまた。1869~1942。香
    川県琴平明道学校卒。

出典・・歌集「潮鳴」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)

0077

 
いかで我 ひまゆく駒を 引きとめて むかしに帰る
道をたづねむ
                  二条院参川内侍

(いかでわれ ひまゆくこまを ひきとめて むかしに
 かえる みちをたずねん)

意味・・なんとかして私は、速やかに過ぎ去る馬を引き
    止めて、昔に戻る道を尋ねて見たい。

    速やかに過ぎる時を止めて、昔に帰ってみたい
    と、老年の述懐です。
    
 注・・いかで=なんとかして。
    ひまゆく駒=時間の速やかに過ぎる喩。壁の隙
     間にみえる馬は忽ちに過ぎ去る意による。
    道をたづねむ=引き留めた馬にまかせて道を尋
     ねようの意。馬はどんな道も迷わずに進むと
     考えられていた。

作者・・二条院参川内侍=にじよういんのみかわのないじ。
    生没年未詳。二条院に仕えた女房。

出典・・千載和歌集・1087。


 
年たけて また越ゆべしと 思ひきや 命なりけり 
佐夜の中山
                  西行法師
             
(としたけて またこゆべしと おもいきや いのちなりけり
 さやのなかやま)

意味・・年老いて再び越える事が出来ると思っただろうか、
    思いはしなかった。命があったからなのだ。佐夜
    の中山よ。

    老いて再び懐かしい佐夜の中山を越えた感動と、
    ああ、よくぞ生きて来たという感慨を詠んでいます。

 注・・年たけて=年老いて。
    思ひきや=思ったか、思いはしない。
    命なりけり=命があったからなのだ。
    佐夜の中山=静岡県掛川市佐夜。「さやかにも」
     の意を含ます。

作者・・西行=さいぎょう。11181190。俗名佐藤義
      清。下北面の武士として鳥羽院に仕える。
      114023歳で財力がありながら出家。出家
      後京の東山・嵯峨のあたりを転々とする。
      陸奥の旅行も行い30歳頃高野山に庵を結び
                   仏者として修行する。家集「山家集」。

出典・・新古今和歌集・987。

一葉さへ まだ散りあへぬ 木の本に 先うちそよぐ
荻のうはかぜ           
                  玄旨
                   
(ひとはさえ まだちりあえぬ このもとに まず
 うちそよぐ おぎのうわかぜ)

意味・・木の葉の散る気配はまだ感じられないが、
    木の本の荻の末葉が先ず秋の風にそよぎ
    はじめたことだ。

 注・・あへぬ=・・しきれない、・・できない。
    荻=イネ科の植物。薄(すすき)にそっくり。

作者・・玄旨=1534~1610。俗名は細川藤考。安土
     桃山時代の武士。古典学者。

出典・・玄旨百首(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)


 
いつも聞く 麓の里と 思へども 昨日に変る
山おろしの風     
                 藤原実定

(いつもきく ふもとのさとと おもえども きのうに
 かわる やまおろしのかぜ)

意味・・麓の里で聞く山おろしの風の音は、いつも
    聞くのと同じだと思うけれども、やはり夏
    だった昨日まで聞いていたのとは変わって
    いるよ。
 
 注・・昨日と変わる=夏の昨日から立秋の秋に変
     わる。立秋は八月七日頃。
    山おろしの風=山ら吹きおろす風。

作者・・藤原実定=ふじわらさねさだ。1241
    年没。80歳。正二位権中納言。
    「新古今集」撰者の一人。
 
出典・・新古今和歌集・288。 

6607

 
わが世をば 今日か明日かと 待つかひの 涙の滝と
いづれ高けむ
                    在原行平

(わがよをば きょうかあすかと まつかいの なみだの
 たきと いずれたかけん)

詞書・・布引の滝を見に行って。

意味・・私の出世の時を、今日か明日かと待っていても、
    そのかいがないので流す涙の滝と、この滝と、
    どちらが高いであろうか。

    布引の滝を見て、栄進の道の開けない悲しみの
    涙に明け暮れる身が思われた作。

 注・・布引の滝=神戸市葺合区布引町の山中のある滝。
    わが世=自分の出世の時。
    かひの涙=「かひ」に「甲斐」と「峡」を掛け、
     涙の「なみ」に「無み」を掛ける。
    高けむ=「高からん」と同じ。

作者・・在原行平=ありわらゆきひら。817~893。正三
    位中納言。業平の兄。

出典・・新古今和歌集・1649、伊勢物語87段。

0055

 
鳴き交わす こえ聴きをれば 雀らの 一つ一つが
別のこと言う
                  明石海人

(なきかわす こえききおれば すずめらの ひとつ
 ひとつが べつのこという)

意味・・病室から外に注意を払っていると、雀が飛んで
    来てピョンピョン跳ねながらチュンチュンと鳴
    いている。鳴き声を聴いているとそれぞれ違っ
    ていて、あたかも私に何か話掛けているように
    聞こえて来る。

    ハンセン氏病が進行して目が見えなくなり、そ
    の上呼吸困難のため、喉に吸気管を付けている
    状態です。ベットに静かに寝ていて外の様子を
    想いながら詠んだ歌です。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。ハン
    セン氏病を患い岡山県の愛生園で療養。手指の
    欠損、失明、喉に吸気管を付けた状態で歌集「
    白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。

5950

 
樫の実の ただ一人子に 捨てられて わが身はかげと
なりにしもの
                  良寛

(かしのみの ただひとりごに すてられて わがみは
 かげと なりにしものを)

意味・・ただ一人の子供に先立たれて、私の身は魂の
    抜け殻となり、影法師のようになってしまっ
    たことだ。

    疱瘡で亡くなった子の親に代わって詠んだ歌
    です。

 注・・樫の実の=「一人」の枕詞。
    捨てられ=見捨てられる、先立たれる。
    かげ=影法師、中身のない魂の抜け殻。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。

0032

この世には まだ未練のある わたしです 夢を描きて
歌うケセラセラ
                    hana

(このよには まだみれんのある わたしてす ゆめを
 えがきて うたうケセラセラ)

意味・・身体が弱っても、まだまだこの世に未練のある
    私です。何もかもが夢になったと思うけれど、
    夢が叶えられるかどうか判らないけれど、なる
    ようになると割り切って、夢をずっと持ち続け
    たい。ケセラセラの歌に勇気を貰いながら。

    子に孫に夢を託している私です。やりたい事も
    一応やり遂げた私です。ただただ、これからは
    人の迷惑にならないように心掛けている私です。
    でも、足も身体も達者な私です。まだまだ、あ
    れもこれもやりたいと思う私です。まだまだ夢
    を持ちたい私です。夢が叶えられるかどうか、
    それは判らないが、なるようになると心掛けて、
    夢を捨てない私です。

    ケセラセラの歌、参考です。
    https://www.uta-net.com/movie/43140/

    大人になってから あの人に聞きました
    毎日が幸せに なれるでしょうか
    ケセラセラ なるようになるさ
    先のことなど 判らない 判らない

作者・・hana=はな。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。

 


 
吾妹子が 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど
見し人ぞなき
                  大伴旅人 

(わぎもこが みしとものうらの むろのきは とこよに
 あれど みしひとぞなき)

意味・・私の妻がかって見た鞆の浦のむろの木は、いつ
    までも変わらずにあるけれど、それを見た妻は
    すでにこの世にいないことだ。

    妻と心楽しく接した景物・風物は昔のままであ
    るが、人は去ってこの世にはいないという感慨
    を詠み、妻を追憶しています。

 注・・吾妹子=自分の妻を親しく呼んだ語。
    鞆の浦=広島県福山市鞆町の海岸。古来、有名
     な港であった。
    もろの木=松杉科の喬木でハイネズの木という。

作者・・大伴旅人=おおともたびと。665~731。大宰
    帥の後大納言になる。大宰府で妻を亡くす。

出典・・万葉集・446。


 
筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 
妹見ざるまに               
                  詠み人知らず

(つついつの いづつにかけし まろがたけ すぎにけらしな
 いもみざるまに)

意味・・筒状に掘った井戸の井戸枠の高さと測り比べた私の
    背丈(せたけ)はもう枠の高さを越してしまったよう
    だなあ。あなたに逢わないうちに。

    井戸のそばで遊んだ幼なじみの男女が成人して愛し
    合うようになり男から贈った求婚の歌です。

 注・・筒井=筒状に掘った井戸。
    井筒=地上部文の筒状の井戸枠。
    まろがたけ=「まろ」は男子の自称。「たけ」は背丈。
    妹=男が女を親しんで言う語。主に妻や恋人に言う。  

出典・・伊勢物語・23段。

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