名歌名句鑑賞のblog

和歌・俳句の意味を解説します。

2020年07月

0183

赤々と 朝日さしいて 池の蓮 みながら秋の
風ならぬなき
               若山牧水

(あかあかと あさひさしいて いけのはす みながら
 あきの かぜならぬなき)

意味・・まだ暗いうちから蓮の花の開くのを見ているうち
    にすっかり夜が明け、清々しい秋の朝日がのぼっ
    て来て、去りかねて眺めているうちにその朝日が
    あかあかと流れ、あたり一面の蓮の葉がどれを見
    てもことごとく秋風を感じて音もなくそよぎあっ
    ている。

    大正五年の初秋に、上野の不忍の池の蓮の花を散
    歩がてら見に行った時の作です。当時は不忍の池
    の蓮は東京名物のひとつであった。
    早朝の清々しさを歌っています。

 注・・みながら=皆がら。「皆ながら」のつまったもの。
     残らず、全て、ことごとく。
    ならぬなき=ないのはない。
    みながら秋の風ならぬなき=ことごとく秋の風で
     ないのはない、全部が秋の風だ。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。早稲
    田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛す。

出典・・歌集「白梅集」。

 

0182

手に結ぶ 水に宿れる 月影の あるかなきかの
世にこそありけれ
               紀貫之
             
(てにむすぶ みずにやどれる つきかげの あるか
 なきかの よにこそありけれ)

意味・・手に掬(すく)った水に映っている月の影のように、
    この世は、あるかなきかといった、ほんとうには
    かない世の中であった。

    病が重くなり、親友の源公忠に贈った歌です。そ
    の後すぐに亡くなったので辞世の歌となりました。
    貫之は、古今和歌集を完成させ、土佐日記を書き
    名歌秀歌は数知れずで偉大な生涯を送った。やり
    たい事をやって燃え尽きたので後悔のない一生だ
    った。だが自分の人生を振り返ると、手に掬った
    水に月が映るようにはかなく思えて来る。
    
 注・・手に結ぶ水=手のひらを合せて水を掬うこと。
    宿ける月影=水に映った月の姿。
    源公忠(きんただ)=889~948。宮廷歌人。

作者・・紀貫之=きのつらゆき872~945。土佐守・従五位
    上。「古今和歌集」の撰者で仮名序を執筆。

出典・・拾遺和歌集・1322。

 

0180

 変わらない 未来に嫌気が 差してきて 手書きの地図に
虹を書きたす。
                   西脇弘樹

(かわらない みらいにいやけが さしてきて てがきの
 ちずに にじをかきたす)

意味・・ある日、美しい虹を見た。誰もが見惚れている。
    いつも変わらない景色に、たった一つ虹が加わっ
    ただけなのに、こんなに違うのかと驚いた。

    自分が歩いてきた16年、どれだけ頑張っても変え
    られない未来がいくつもある。そんな未来に嫌気
    が差す。そんな私の16年の地図に虹を書き足せば
    何かが変わるだろう。

    16歳の高校生の作です。どんな虹を書き足すのだ
    ろうか。私なら「夢」という虹を書き足したい。

作者・・西脇弘樹=にしわきひろき。2012年当時滋賀県・
    近江兄弟社高等学校2年。

出典・・同志社女子大学「31音・青春のこころ2012」。


 我のみぞ 憂きと思へど 雲いにも 雁鳴きわたる
秋の夕暮れ
                 良寛

(われのみぞ うきとおもえど くもいにも かりなき
 わたる あきのゆうぐれ)

意味・・この世を生きるのがつらいのは、私だけと思っ
    ていたところ、この秋の夕暮れに、雁もつらそ
    うに大空を飛んで行くよ。

 注・・憂き=つらい。
    雲い=雲井。空、雲。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛歌集・334」。


 大荒木の 森の下草 老いぬれば 駒もすさめず
刈る人もなし

                詠み人知らず

(おおあらぎの もりのしたくさ おいぬれば こまも
 すさめず かるひともなし)

意味・・大荒木の森の根本に生えている草も成長しすぎ
    て古くなったので、馬も喜んで食べないし、刈
    る人もいない。

    肉体の柔らかさが無くなった老人の嘆きです。

 注・・大荒木=奈良県宇智郡の荒木神社付近の森。
    すさめず=物事に興じない。

出典・・古今和歌集・892。


 此の道や行く人なしに秋の暮れ    
                  芭蕉

(このみちや ゆくひとなしに あきのくれ)

意味・・晩秋の夕暮れ時、一本の道がかなたに続いて
    いる。その道は行く者もなく寂しげだが、自
    分は一人でその道を通っていこう。

    秋の暮れの寂しさと芭蕉の孤独感を詠んで
    います。「此の道」は眼前にある道と同時に
    生涯をかけて追求している、俳諧の道でも
    あります。

 注・・この道や=「俳諧の道」も含まれている。「
     や」は「ああこの道は」という詠嘆の意が
     含まれている。真に自分の俳諧の道に志す
     人の少ない孤独の思いを嘆ずる気持ちです。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1694。

出典・・笈(おい)日記。

0178

紫の 色濃き時は 目もはるに 野なる草木ぞ
わかれざりける
               在原業平

(むらさきの いろこきときは めもはるに のなる
 くさきぞ わかれざりける)

詞書・・自分の妻の妹を妻としていました人に、男の
    正装着物を進呈するといって詠んだ歌。

意味・・紫草が色濃く咲いている時は、その他の野の
    草木もみんな美しく見え、区別がつかなくな
    るのです。そのように、私も妻を深く愛して
    いるから、妻の縁につながる人もみんな愛(い
    と)しい気がします。どうぞ御遠慮なくこの着
    物をお受け取り下さい。

    身分の低い男と、高貴な身分の男とに嫁(とつ)
    いだ姉妹がいた。貧しい男に嫁いだ女は、し
    なれぬ衣の洗い張りをして、正装の着物を破っ
    てしまい、嘆き悲しんでいたので、高貴な男は
    義妹に新しい正装の着物を贈った(伊勢物語より)。

 注・・紫=紫草。根から紫色の染料を取った。「紫」
     は女性を形容する言葉として使われ、ここ
     では妻を暗示している。
    色濃き=濃きの裏に、(妻を)可愛く思う時の
     意を含めている。
    目もはるに=見る目もはるかに・見渡す限り。
    野なる草木=野に生えている草木。妻縁類の
     人々の意を裏に含んでいる。
    わかれざりける=分れざりける。区別がする
     事が出来ない。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。
    美濃権守。

出典・・古今和歌集・868、伊勢物語・41段。
 

0177

 倭方に 往くは誰が夫 隠津の 下よ延へつつ
往くは誰が夫
               黒比売

(やまとへに ゆくはたがつま こもりづの したよ
 はえつつ ゆくはたがつま)

 意味・・そんなことをおっしゃりながら、あなたは
     大和の方にいる方に心を惹かれて、お帰り
     になるのですね。私は、その方が羨ましい。

     「仲良くいつまでも若菜を摘みたいね」と
     言いながら大和に帰って行く仁徳天皇。そ
     う言いながら、隠れ水が忍んで流れるよう
     に、こそっと来ては帰って行く仁徳天皇。
     帰って行く先に、好きな人がいると思うと
     やりきれなくなってくる。

 注・・夫(つま)=妻。夫から妻を呼ぶ語。
    隠津=隠れ水。草などに隠れて見えないよう
     に流れる水。
    下へ延へつつ=草花の下を流れつつ。

作者・・黒比売=くろひめ。仁徳天皇の恋人。

出典・・古事記。

0174

 山県に 蒔ける青菜も 吉備人と 共にし摘めば
楽しくもあるか
                仁徳天皇

(やまがたに まけるあおなも きびびとと ともにし
 つめば たのしくもあるか)

意味・・煩(わずら)わしい宮中を逃れて、お前と二人、
    こうして山の畑に青菜を摘む楽しさ。この一時
    が永遠に続けばいいのに。

    「淡路島を視察に行ってくるぞ」と言って、嫉
    妬深い妻の磐姫皇后から逃れて、吉備の人であ
    る恋人の黒比売(くろひめ)に逢った時の歌です。

 注・・山県=山の畑。
    吉備=山陽地方の古代の名。岡山県と広島県の
     東部。砂鉄・塩の産地で栄えた。

作者・・仁徳天皇=仁徳天皇。西暦300年頃の天皇。「高
    き屋に登りて見れば煙立つ民の竈はにぎわいに
    けり」と詠んで善政を行ったことで有名。

出典・・古事記。

0173
                    網代

 網代には しづむ水屑も なかりけり 宇治のわたりに
我やすままし
                  大江以言

(あじろには しずむみくずも なかりけり うじの
 わたりに われやすままし)

意味・・網代には沈む水屑さえもないのだなあ。宇治
    の辺りに私は住もうかなあ。

    「しづむ水屑」は身が沈む事を意味されており、
    うだつがあがらない、落ちぶれる事を意味して
    いる。
    また、宇治は次の歌により、憂し・辛いとされ
    る地を意味されている。

    「我が庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と
    人は言うなり」     (意味は下記参照)

    宇治に住めば落ちぶれずに今まで通りの事が出
    来るので、いっそ宇治に住もうかと思うが、し
    かしそこは「憂し」の地。さて、住んだものか、
    どうしたものかと迷ってしまう。

 注・・網代=川に竹や木を組み立てて網の代わりにし、
     魚を捕らえる仕掛け。
    しづむ=身が沈むの意が含まれている。うだつ
     があがらない事。
    水屑=川に流れる屑、ゴミの類。
    宇治=憂し・辛い地の意を含む。

作者・・大江以言=おおえのもちこと。生没年未詳。従
    四位下・文章博士。
   
出典・・詞花和歌集・366。

参考歌です。

わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 
人はいふなり           
                 喜撰法師

(わがいおは みやこのたつみ しかぞすむ よをうじ
 やまと ひとはいうなり)

意味・・私の庵(いおり)は都の東南にあって、このよう
    に心のどかに暮らしている。だのに、私がこの
    世をつらいと思って逃れ住んでいる宇治山だと、
    世間の人は言っているようだ。
    
 注・・庵=草木で作った粗末な小屋。自分の家をへり
     くだっていう語。
    たつみ=東南。
    しかぞすむ=「しか」はこのように。後の「憂
     し」に対して、のどかな気持というていどの
     意。
    うぢやま=「う」は「宇(治)」と「憂(し)」を
     掛ける。

作者・・喜撰法師=きせんほうし。経歴未詳。

出典・・古今集・983、百人一首・8。

0172

 君が住む 宿の梢を ゆくゆくと 隠るるまでに
かへり見しはや
                菅原道真

(きみがすむ やどのこずえを ゆくゆくと かくるる
 までに かえりみしはや)

意味・・君の住む家の高木の梢を、都を離れて行く私は、
    歩み歩み、隠れて見えなくなるまで振り返って
    見たことです。

    道真が大宰府に配流された時に詠んだ歌です。
    大鏡はこの歌を記した後に、「明石の駅(うま
    や)でそこの駅長の悲しむのを見て、道真が次
    の詩句を与えた」と記されている。

    駅長無驚 時変改 一栄一落是春秋

    駅長驚くなかれ 時の変わり改まるを
    一栄一落 これ春秋
  
    時が変わり改まるのを驚く事はない。
    栄えるも朽ちるのも、春が来て秋へと
    移り変わるのと同じようなものだから。

    左遷されて行く途中で立ち寄った宿駅
    の駅長の同情に対して答えたものです。

 注・・君=大宰府に流されることになっても、
     変わらぬ信頼感を持っている人。
    ゆくゆく=行く行くと。去って行くに
     つれて。
    はや=詠嘆、強い感動を表す。

作者・・菅原道真=すがわらのみちざね。845
    ~903。右大臣。左大臣藤原時平にお
    としいれられて大宰府に左遷され、そ
    の地で没した。

出典・・拾遺和歌集・351。

0171

 さまざまの 70年すごし 今は見る 最もうつくしき
汝を柩に
                  土屋文明

(さまざまの 70ねんすごし いまはみる もっとも
 うつくしき なをひつぎに)

意味・・睦(むつ)み合うばかりでなく憎しみを抱いた
    日々もあった。それでも支え合って共に暮ら
    して来た70年。70年間で最も美しい妻は、今
    は柩に横たわっている。

    妻に心からありがとうの感謝の気持ちです。

作者・・土屋文明=つちやぶんめい。1890~1990。
    100才。東大哲学科卒。明治大学教授。

出典・・歌集「青南後集」(栗本京子著「短歌を楽し
    む」)

0166

訪へかしと 思へば人の 訪ひ来つつ 同じこころを
月に見るかな
                  橘千蔭

(とえかしと おもえばひとの といきつつ おなじ
 こころを つきにみるかな)
 
意味・・誰か訪ねて来てほしいものだと思っていたら
    友が訪ねて来た。自分と同じように美しいも
    のを愛する心のあることを、この月とともに
    眺めて知ったことである。

    近くに竹林があるのか、ススキが風でなびい
    ているのか、風雅の士で月を楽しんでいる姿
    です。

作者・・橘千蔭=たちばなちかげ。1735~1808。江
            戸町奉行の与力。加茂真淵に和歌を学ぶ。

出典・・家集「うけらが花」(東京堂出版「和歌鑑賞
    事典」)

 

0164

 報復は 神がし給ふと 決めをれど 日に幾たびも
手をわが洗ふ
                 大西民子

(ほうふくは かみがしたまうと きめおれど ひに
 いくたびも てをわがあらう)

意味・・仕返しは神がなさると決めているけれども、
    自分にしみついた手の汚れ、自分の抱いてい
    る恨みや憎しみを洗い流そうとして、日に幾
    度も手を洗う。

    報復を思うなどということは、それ自身が悪
    い考えであり、心の汚れである。しかし、我
    が心は濁り手は汚れている。願わくは、我が
    心の受けた汚れ,憎しみを洗い流したい。

    幸福が最高の仕返し!

作者・・大西民子=おおにしたみこ。1924~1994。
            奈良女子高等師範卒。木俣修に師事。

出典・・東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」。

3516.1

 秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 何処辺の方に
我が恋ひ止まむ
                岩姫皇后

(あきのたの ほのえにきらう あさかすみ いつえの
 かたに わがこいやまん)

意味・・秋の田の稲穂の上に立ち込める朝霞は、いつか、
    いずこへともなく消え去ってしまいますが、私
    のせつない思いは、いつになったら消えてくれ
    るのかしら。

    夫の愛情が戻るのを待ち続けて来たが叶えられ 
    ない。悔しくて嘆きたくなってくる。

作者・・岩姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天皇
    の皇后。

出典・・万葉集・88。

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる    
                 藤原俊成

(よのなかよ みちこそなけれ おもいいる やまの
 おくにも しかぞなくなる)

意味・・世の中は逃れるべき道がないのだなあ。
    隠れ住む所と思い込んで入った山の奥
    にも悲しげに鳴く鹿の声が聞こえる。

    俗世の憂愁から逃れようと入った奥山
    にも安住の地を見出せなかった失望感
    を、哀切な鹿の鳴き声に託して詠んで
    います。

 注・・道こそなけれ=逃れる道はないのだ、
     の意。「道」には、「てだて」くら
     いの気持がこめられている。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114
    ~1204年没。正三位皇太后大夫。「千
    載和歌集」の選者。

出典・・千載和歌集・1151、百人一首・83。


 あらましの 心のうちの たむけ草 まつとしるや 
住吉の神
                 藤原為相

(あらましの こころのうちの たむけぐさ まつと
 しるや すみよしのかみ)

意味・・前々からの望みを心の中で祈っておりましたが、
    それをかなえてくださることを待っているとご存
    知でしょうか、住吉の神様は。

 注・・あらまし=計画、予期、期待。
    たむけ草=手向け草。神に供える品。「手向け
     る」を掛ける。
    まつ=「松」と「待つ」を掛ける。松と住吉は
     深い縁のある語。

作者・・藤原為相=ふじわらのためすけ。1263~1328。
    正二位権中納言。

出典・・新拾遺和歌集。


 さりともと 思ふ心も 虫の音も よはりはてぬる
秋のくれかな
                藤原俊成 

(さりともと おもうこころも むしのねも よわり
 はてぬる あきのくれかな)

意味・・「そうであっても」と期待する心も、虫の鳴
    く声もすっかり衰弱してしまった秋の暮れで
    ある。

    不運な人生の自覚はあるが、いくら何でも少
            しはいい事(叙位任官など)もあるだろうと期
    待していたのだが・・、悔しいがその気力も
    衰えてしまった。

 注・・さりともと=然りとも。そうであっても。
    虫の音=生命力・気力をたとえている。
            叙位=五位以上の位を貰うこと。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~12
    04。正三位・皇太后宮大夫。「千載和歌集」
    を撰出する。1176年出家。

出典・・千載和歌集・33

 
0160

ありつつも 君をばまたむ 打ち靡く 我が黒髪に
霜の置くまでに
                  磐姫皇后

(ありつつも きみをまたん うちなびく わが
 くろかみに しものおくまで)

意味・・でも、やはり、このままずっと、あなたを待ち
    続けていましょうか。この長い黒髪に霜の置く
    まで、いつまでも、いつまでも。

    夫の浮気に嫉妬し、気が狂わんばかりに一時は
    なったが、私にも至らない点があったのだろう
    かと反省すると、夫の愛情が戻るまで気長に待
    とうと思う。

 注・・ありつつも=このままでいて、生き続けて。  
    霜の置く=白髪になる比喩。

作者・・磐姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天皇
    の皇后。

出典・・万葉集・87。

0162


 かくばかり 恋ひつつあらずば 高山の 磐根し枕きて
死なましものを
                   磐姫皇后

(かくばかり こいつつあらずば たかやまの いわね
 しまきて しなましものを)

意味・・ああ、この胸をかきむしられるような苦しさ。
    こんな思いをするよりも、いっそ、死んだほ
    うがまし。山深い墓の中に葬られ、岩を枕に
    眠った方が、ずっと楽になるでしょうに。

    夫の仁徳天皇が磐姫皇后に愛情をしめさずに、
    美人の黒比売(くろひめ)と浮気しているのが
    耐えられずに詠んだ歌です。
 
 注・・かくばかり=これほどまでに。
    恋ひつつあらずば=恋い焦がれてなんかおら
     ずに。

作者・・磐姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天
    皇の皇后。

出典・・万葉集・86。

6010

 君が行き 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ
待ちにか待たむ
                磐姫皇后

(きみがゆき けながくなりぬ やまたずね むかえか
 ゆかん まちにかまたん)

意味・・あなたは、いったい、どこにいらしたのかしら。
    私、随分長い間、一人ぽっちで、あなたを待っ
    ています。思い切って、私の方から迎えに行き
    ましょうか。それとも、このまま、じっと待ち
    ましょうか。

    「どこどこに視察に行ってくるぞ」と仁徳天皇。
    実は好きな人に会っているのです。それを知っ
    ている磐姫皇后。

    待ち焦がれる女の煩悶を歌っています。
    夫の浮気を恨み、心は嫉妬にはちきれそう。夫
    を誰よりも愛しているのに、この気持ちを分か
    ってくれない夫。私の方に顔を向けて欲しい。
    煩わしい妻から逃げたく、仁徳天皇は黒比売(く
    ろひめ・浮気相手の女性)を追って行く。

 注・・山尋ね=「尋ね」は原則として男の行為。「尋
     ね」と言ったところに強い苦悶が表れている。
    待ちにか待たむ=「待つ」は普通女の行為。女
     らしくひたすらに待つべきか、というのであ
     る。

作者・・磐姫皇后=いわのひめのおおきさき。仁徳天皇
    の皇后。異常な嫉妬の物語が多い。

出典・・万葉集・85。


 みなれ棹 とらでぞくだす 高瀬舟 月の光の
さすにまかせて     
                 源師賢

(みなれざお とらでぞくだす たかせぶね つきの
 ひかりの さすにまかせて)

詞書・・「船中の月」という題で詠みました歌。

意味・・月の光のさすのに任せて、みなれ棹を取ら
    ないで高瀬舟を川下に下している。

    明るく美しい月なので、舟を漕がずに流れ
    にまかせ、月を思う存分観て楽しもう。

 注・・みなれ棹=水馴れ棹。水にひたし使い慣れ
     た棹。棹は舟を漕ぐ時に用いる棒。
    くだす=下す。舟を川下にくだすこと。
    高瀬舟=底は平たくて浅い舟。
    さすに=「光が差す」と「棹をさす」の掛詞。

作者・・源師賢=みなもとのもろかた1035~1081。
    蔵人頭、正四位下。

出典・・後拾遺和歌集・836。

毘楼博叉 まゆねよせたる まなざしを まなこにみつつ
あきののをゆく
                   会津八一 

(びるばくしゃ まゆねよせたる まなざしを まなこに
 みつつ あきののをゆく)

詞書・・戒壇院をいでて。

意味・・毘楼博叉は額にしわを寄せ、眉をきつくしかめて
    いる。この姿は誰の心も引き付ける。戒壇院を出
    ても、この毘楼博叉が忘れられず、秋日照る春日
    野の方へ歩いて来ても、眉を寄せている目が、い
    つまでも眼に残り忘れられない。

    毘楼博叉は広目天の事で、鬼を足で踏みつけ、手
    には筆と巻物を持っている。顔付きは眉を引き寄
    せて怒っている。この姿が眼に残って忘れられな
    いといっいます。

     仏教でいう鬼とは過度な欲望です。

 注・・戒壇院=754年に鑑真から戒を授かるために奈良に
     建立された。三度焼失。
    毘楼博叉=四天王像の一つで広目天の事。鬼を足
     で踏みつけ、悪を許さないぞと眉を寄せ気合が
     入った顔付きをしている。手には筆と巻物を持
     っている。
    まなこにみつつ=画像が目の中にいつまでも残っ
     ている。
    あきのの=秋の野。「野」はここでは春日野。奈
     良春日大社のある一帯。

作者・・会津八一=あいづやいち。1881~1956。早大文
    科卒。文学士。美術史研究家。

出典・・歌集「鹿鳴集」。
 


 真帆ひきて よせ来る舟に 月照れり 楽しくぞあらむ
その舟人は
                  田安宗武 

(まほひきて よせくるふねに つきてれり たのしく
 ぞあらん そのふなびとは)

意味・・帆をいっぱいに広げてこちらに近づいて来る
    舟に、月が美しく照っている。楽しいことで
    あろう。その舟に乗る人らは。

 注・・真帆=帆をいっぱいに広げること。

作者・・田安宗武=たやすむねたけ。1715~1771。
    別称は悠然院(ゆうぜんいん)。八代将軍吉宗
    の二男。松平定信の父。
     
出典・・家集「天降言・あまふりごと」。

1050
 

待ってるよ いつでも君を 待ってるよ だから
元気に 遊んでおいで
                  西村由佳里

(まってるよ いつまできみをまってるよ だから
 げんきに あそんでおいで)

意味・・お前はトンボつりに行ったのだね。今日も
    遅くなるのかね。遅くなるのは分っている
    よ。いつまでも待っているよ。だから元気
    に遊んでおいで。

    この歌は千代女の
    「トンボ釣り今日はどこまで行ったやら」
    を思い出させる歌です。
     (まだ帰って来ないが今日はトンボつかまえ
    にどこまで行ったのだろう) (下記参照)

           子供の元気な姿、走り回る姿はいつまでも、
    いつまでも頭から離れない。

作者・・西村由佳里=にしむらゆかり。1976~ 。
    立命館大学大学院卒。

出典・・アメーバーブログ。

参考です。

とんぼ釣り 今日はどこまで 行ったやら
                      千代女 
 
意味・・夏のたそがれに千代が針仕事をしていると、もう
    日も暮れかかって来た。子供はまだ帰らないが、
    いつもならもう帰る頃だが・・と思って、傍らに
    子供のいないのをもの寂しく感じた時に、子供が
    帰って来る。
    「今日はお前、いつもより遅いじゃないか」と尋
    ねると、
    「今日はとんぼ釣りして、どこどこまで追いかけ
    て行った」と物語ったことが折々あった。
    だから、のちにこの子が亡くなって、待っても待
    っても帰って来ない時、今日はまたどこまで行っ
    たであろうかと、子供が側にいないのを寂しくな
    り、ふと思う。

作者・・千代女=ちよじょ。1703~1775。加賀(石川県)
    松任の表具師の娘。俳句は各務支考(かがみしこう)
    に師事。

1403

 妹が家も 継ぎてみましを 大和なる 大島の嶺に
家もあらましを
                  天智天皇

(いもがいえも つぎてみましを やまとなる おおしま
 のねに いえもあらましを)

意味・・いとしい人の家がそこにあれば、いつも見て
    いようものを。あの大和の大島の嶺の頂上に
    いとしい人の家があればいいなあ。

 注・・継ぎて=つづけて、つづけてする。

作者・・天智天皇=てんじてんのう。671年没。

出典・・万葉集・91。

3067


 いづくにて いかなることを 思ひつつ こよひの月に
袖しぼるらん
                                                        建礼門院右京大夫

(いずくにて いかなることを おもいつつ こよいの
 つきに そでしぼるらん)

詞書・・寿永二年(1183年)の秋、月明るい夜、風も雲の様子
    もことに悲しく感ぜられるのを眺めて、都の外にい
    る人(資盛・すけもり)の事に思いはせて詠みました
    歌。

意味・・あの人は、どこで、どんな事を思いながら、今夜の
    月をながめて、涙くれてているのでしょうか。

    華やかな生活をしていた平家も、源氏に追われて都
    落ちして、壇ノ浦まで逃げて来た。右京大夫の恋人
    の平資盛(すけもり)も都落ちした。この頃に資盛を
    思って詠んだ歌です。その後資盛は平家の一門とと
    もに入水した。資盛25才、右京大夫は29才であった。

作者・・建礼門院右京大夫=けんれいもんいんうきょうのだ
    いぶ。平安時代の後期から鎌倉時代前期の歌人。建
    礼門院に仕える。

出典・・建礼門院右京大夫集。

0151

 つつしみを 知らぬやからと 怒りつつ おのが妬を
ひそかにおそるる
                   三ヶ島葭子

(つつしみを しらぬやからと いかりつつ おのが
 むたみを ひそかにおそるる)

意味・・身勝手な連中の行為に苛立(いらだ)ちながらも、
    一方で己が怒りの中に嫉妬のある思いがある事
    を認めて、戦(おのの)き自戒に努めるのである。

    「やから」に相手を蔑(さげす)み憎む感情が伴
    っています。例えば、病気で臥している時、夫
    が浮気をしているなどです。

 注・・やから=輩。仲間。一族。

作者・・三ヶ島葭子=みかしまよしこ。1886~1927。埼
    玉大学を肺を患い中退。与謝野晶子門下。

出典・・三ヶ島葭子全歌集。

0014 (2)


 落ち葉掃く 背中がほっこり 暖かく やがて汗ばむ
秋晴れの朝
                  槿

(おちばはく せなかがほっこり あたたかく やがて
 あせばむ あきばれのあさ)

意味・・ついこの前までは、庭の落ち葉を掃く背に射し
    て来る朝日は眩しく暑い程だったのに、少し肌
    寒く感じた今朝は、背中がほっこりと暖かく心
    地よかった。掃除を終えて部屋に入る頃は、少
    し汗ばみ、秋と夏の間を往ったり来たりの季節
    を感じた朝だった。

作者・・槿=むくげ。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。

0070

 
見つめられ 光注がれ すくすくと 丸くなりゆく
秋の三日月
                 西村由佳里

(みつめられ ひかりそぞがれ すくすくと まるく
 なりゆく あきのみかづき)

意味・・三日月の盃に光が注がれる。光がこぼられな
    いように注がれる。
見つめられて注がれ
    る。秋の三日月は光で満タンだ。三日月はこ
    ぼれないように丸くなる。すくすく丸くなる。

作者・・西村由佳里=にしむらゆかり。1976~ 。
    立命館大学大学院卒。

出典・・アメーバーブログ。

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