名歌名句鑑賞のblog

心に残る名言、名歌・名句鑑賞。

2020年12月

0995


降る雪の みのしろ衣 うちきつつ 春きにけりと

おどろかれぬる
                 藤原敏行
             
(ふるゆきの みのしろころも うちきつつ はるきに
 けりと おどろかれぬる)

詞書・・正月一日、一条の后の宮にて、しろきおほうちき
    をたまわりて。

意味・・雪を防ぐ蓑代衣ではないが、雪のような白い衣を
    賜わり、それを何度も肩にかけつつ、暖かい御厚
    情に、我が身にも春が来たことだと、驚いている
    のでございますよ。

    新年を賀する気持と自分にも春が来たと喜ぶ気持
    を詠んでいます。

 注・・みのしろ衣=蓑代衣。蓑の代わりに着る防雨衣。
    「降る雪のみのしろ衣」は「降る雪のような白い
     衣」の意と「経(ふ)る身」を掛ける。
    うちきつつ=「着る」に軽い接頭語をつけた「う
     ち着つつ」と「袿(うちき)」を掛ける。「袿」
     は狩衣の時に着る内着。
    一条の后=在原業平・素性法師・文屋康秀らに歌
     を詠ませている歌壇のパトロン的な存在。
    おほうちき=大袿。公儀などの参加者が賜る袿。
     女性の場合は正装の上に着る上着、男性場合は
     狩衣の下に着る内着。

作者・・藤原敏行=ふじわらのとしゆき。~901。従四位上・
    蔵人頭。「秋きぬと目にはさやかに見えねども・・」
    の歌を詠んだ人。

出典・・後撰和歌集・1。


 幾人か しぐれかけぬく 勢田の橋
                    内藤丈草

(いくたりか しぐれかけぬく せたのはし)

意味・・にわかに空が雲って時雨が襲って来た。おりから
    瀬田の唐橋を渡りかけていた幾人かの旅人は、雨
    宿りする所がなく橋の上をいっさんに駆けぬけて
    いる。

 注・・しぐれ=時雨。初冬に降るにわか雨。
    勢田の橋=瀬田の橋。琵琶湖の水が瀬田川となっ
     て流れ出る所にかかる橋。途中に小島があり、
     大橋175m小橋66m。瀬田の唐橋。

作者・・内藤丈草=ないとうじょうそう。1662~1704。
    芭蕉に師事。

1181



斧入れて香におどろくや冬木立

                   蕪村

(おのいれて かにおどろくや ふゆこだち)

意味・・枯れ木かと思って二、三撃斧を入れて打ち
    んだところ、木の香りが匂って来た。この木
    は生きているのか!と思うと、改めて冬木の
    生命力に驚かされる。

作者・・蕪村=ぶそん。与謝蕪村。17161783。
    池大雅とともに南宗画の大家。

出典・・新潮日本古典集成「与謝野蕪村集」。

18


埼玉の 池のみぎはや こほるらむ鴨の羽音の 
遠ざかりゆく  
                  橘千蔭

(さいたまの いけのみぎわや こおるらむ かもの
 はおとの とおざかりゆく)

意味・・冬の深夜に鴨の遠ざかる羽の音が聞こえて来る。
    池の岸辺あたりが凍りはじめたためであろう。

    冬の寒さの厳しさを詠んでいます。
    池が凍りはじめたので、鴨が飛び立ったと想像
    した歌です。

作者・・橘千蔭=たちばなちかげ。1735~1808。賀茂
    真淵に師事。
 

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づぶ濡れの 大名を見る 炬燵かな    
                                                          一茶

(づぶぬれの だいみょうをみる こたつかな)

意味・・冬の冷たい雨の中をずぶ濡れの大名行列が通る。
    私は、ぬくぬくと炬燵に当たりながらその行列
    が通り過ぎるのを眺めている。

    大名の寒さに耐え忍んで行く力強い行列に、哀
    れんで見つめているのだろうか、それとも権力
    者に対するお灸として見つめているのだろうか。
    いやいや、人さまは寒い思いをしているのに
    は暖かいところに居り幸せだと思っている事で
    しょう。

作者・・一茶=小林一茶。17631827

出典・・八番日記。

1182


やぶ入りや 浪花を出でて 長柄川    
                    蕪村

(やぶいりや なにわをいでて ながらがわ)

意味・・待ちに待った薮入りの日、足取りも軽く
    繁華な大阪の町を出ると早くも懐かしい
    長柄川にさしかかった。
    長良川の堤防を越えればもうすぐ我が家
    だ。

 注・・やぶ入り=正月の16日前後の数日、奉公
     人が奉公先から暇をもらい、実家に帰
     省すること。
    長柄川=今の淀川筋に当たる中津川の古
     称。

作者・・蕪村=ぶそん。1716~1783。南宗画で
    も家。

出典・・あうふう社「蕪村全句集」。

霜やけの 手を吹いてやる 雪まろげ   
                    羽紅

(しもやけの てをふいてやる ゆきまろげ)

意味・・雪まろげに興じていた子供の手を見ると、
    霜やけで赤くはれているので、息を吹き
    かけ温めてやった。

    いかにも母親らしい、子を思う情愛に
    あふれた句です。

 注・・雪まろげ=雪を丸め転がして大きくする
       こと。
作者・・羽紅=うこう。生没年未詳。野沢凡兆(1
    714年没、金沢の医者)の妻。

出典・・猿蓑。

1125


冬の夜や 針うしなうて おそろしき  
                  
            梅室
            
(ふゆのよや はりうしのおて おそろしき)

意味・・身も心も凍る冬の夜の寒さの中、
    黙々と針仕事を続けてきて、ふと
    気づくと針が一本なくなっている。
    思わず、恐ろしさに身がふるえる。

    この頃の日常生活にひそむ恐怖感を
    巧に表現しています。

 注・・冬の夜=刻々と冷え込みが厳しくなる
     ひっそりした夜。

作者・・梅室=1769~1852。桜井梅室。家業の
    刀研師の職を36歳で弟に譲り、隠棲。

出典・・(梅室家集。

我が雪と 思へば軽し 笠の上   
                      宝井基角 

(わがゆきと おもえばかるし かさのうえ)

意味・・頭にかぶった笠に積る雪も、自分の物だと思えば
    軽く感じる。

   「我が物と思えば軽し笠の雪」と一般になじまれて
    います。
   (苦しいことも自分の利益になると思えばそれほど
    気にならない、という意味)

    その苦しみが自分の利益になる、ということを意
    識する事が大切です。

作者・・宝井基角=たからいきかく 。1661~1707。始め
    は母の性、榎本を名乗っていた。芭蕉に師事。

鍋の尻 ほし並べたる 雪解かな     
                                               一茶

(なべのしり ほしならべたる ゆきげかな)

意味・・春めいてきて、信濃(しなの)の根雪も解け
    はじめた。冬の間たき火で煤けきっていた
    鍋の類も、門川の水できれいに磨きあげら
    れ日向に干し並べられている。その磨きた
    てられた鍋の尻にきらめく明るい日差しに、
    長い冬からの開放感と、新しい季節の躍動
    が生き生きと感じられる。

作者・・一茶=小林一茶。1763~1827。信濃(長野)
    の柏原の農民の子。3歳で生母に死別。継母
    と不和のため、15歳で江戸に出る。亡父の
    遺産をめぐる継母と義弟の抗争が長く続き51
    歳の時に解決し。52歳たで結婚した。

出典・・八番日記。

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                              広島・縮景園       


岩代の 結べる松に ふる雪は 春もとけずや 
あらんとすらむ
               中納言女王
           
(いわしろの むすべるまつに ふるゆきは はるも
 とけずや あらんとすらん)

意味・・岩代の結び松に降る雪は、その名の通り結ばれた
    まま、春になっても解けないのだろうか。

    有間皇子が次の歌を詠んだか、皇子は処刑された
    ので、結び松を再び見る事が出来ずに、結ばれた
    ままとなった。

    盤代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば 
    また還り見む
             
 注・・岩代=磐代。和歌山県日高郡南部町岩代。
    結べる松=枝を引き結ばれた松。旅路の無事を
     願うために行う。

作者・・中納言女王=ちゅうなごんのにょうおう。源式部。
    生没年未詳。後三条院乳母。

出典・・金葉和歌集・286。

参考歌です。

盤代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば 
また還り見む
               有間皇子
             
(いわしろの はままつがえを ひきむすび まさきく
 あらば またかえりみむ) 

意味・・盤代の浜松の枝を結んで「幸い」を祈って行く
    が、もし無事であった時には、再び帰ってこれ
    を見よう。

    有間皇子は反逆の罪で捕えられ、紀伊の地に
    連行され尋問のうえ処刑されたが、この道中で
    詠んだ歌です。
    松の枝を引き結ぶのは、旅路などの無事を祈る
    まじないです。

 注・・盤代=和歌山県日高郡岩代の海岸の地名。
    真幸(まさき)く=無事で(命が)あったなら。

出典・・万葉集・141。


 松とりて 常の旭と なりにけり
                    立羽不門

(まつとりて つねのあさひと なりにけり)

意味・・新年の行事もすんで、門松をとると、これまでの
    正月らしく輝かしかった朝日と違って、また以前
    と同じ普通の朝日の光に戻った。

    めでたい新年も終わって、また平常の生活が戻っ
    てきた気ぜわしさです。

 注・・松とりて=新年の門松を取り外して。門松は年の
     暮れに立て、正月の月半ばまで飾っていた。
    常の旭=普通の日の朝日。

作者・・立羽不門=たちばふかく。1662~1753。

出典・・小学館「近世俳句俳文集」。


沖縄の潮の香のせし賀状来る    

                    佐藤美津夫

(おきなわの しおのかのせし がじょうくる)

意味・・ここ北海道では雪と寒さのため、家に引っ込み
    勝ち。沖縄から来た年賀状を見ていると陽気な
    春を思わせ、また何処までも透き通った海で遊
    んだ事を思わせる。
    ここ北海道にも、は~るよ来い、早く来い。

作者=さとうみつお。詳細未詳。北海道の人。

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 山肌に 薄化粧したる 丹沢の 青空に映え 
今日は冬晴れ
               hana

(やまはだに うすげしょうしたる たんざわの あおぞら
 にはえ きょうはふゆばれ)

意味・・昨日は下界では小雨であったが、丹沢は雪になった
    のだろう。山は薄化粧をしている。今日は冬晴れで
    空は真っ青。丹沢の山々も映えて美しく見える。

          天候は不安定で、雨が降ったり晴れたり曇ったり。
    私の気持ちのようにくるくる変わる。
    今日は冬晴れで暖かい。私の心もさわやかだ。
    今日はいいことがありそうだ。

 注・・丹沢=神奈川県北西部にある山地。最高峰の蛭ヶ岳
     は1673m。

作者・・hna=はな。ブログ上の名前。

出典・・ライブドアーブログ。


秋時雨 古書の匂ひの 神保町
                    沢ふみ江
                    
(あきしぐれ こしょのにおいの じんぼちょう)

意味・・秋時雨に雨宿りをしたのが神保町の古本屋。古本
    ではなく珍しい古書が所狭しと並んでいる。無造
    作に取って古書の匂いを味わった。

    偶然に立ち寄った古本屋、そこで古書の良さを知
    った。そして古書通いが病みつきとなった。

 注・・秋時雨=晩秋にぱらぱらと降ったり止んだりする雨。
    神保町=東京神田の古書街。

作者・・沢ふみ江=1945~。早稲田大学文学部卒業。上田五
    千石に師事。句集「桜橋」。

出典・・句集「桜橋」。


前の 小家もあそぶ 冬至かな
               
                     野沢凡兆
 
(もんぜんの こいえもあそぶ とうじかな)

意味・・冬至を迎えて、禅寺では一日業を休んで祝って
    いる。衆僧も暇を与えられて、思い思いに一日
    の暇を楽しんでいる。門前の小店の人達も店を
    閉めてのんびりとくつろいでいることだ。

    門前は日頃でも賑(にぎ)やかな所ではないが、
    店を閉じていっそうひっそりした様が暗示され
    ている。また、日曜日のない時代の休日を「小
    家」の人々がどれほど期待していたかの様子も
    うかがえる。    

 注・・門前=冬至には一日業を休む習慣のある禅寺
     の山門の前。
    小家=参詣客を相手とし供物を売る小さな店。
     冬至の日は僧も業を休むので小家も閉店。
    冬至=昼が一番短く夜が一番長い日。12月
     22,23日頃。この日からだんだん春が
     近づくというので仕事を休んで祝い、冬至
     粥、かぼちゃを食べ、柚子湯に入る習慣も
     ある。禅宗の僧の冬至は業を休み、心中の
     疑念を晴らすことを願う日といわれる。

作者・・野沢凡兆=のざわぼんちよう。~1714。加賀
    国(石川県)より京都に出て医者をする。芭蕉
    に師事。句誌「猿蓑」を編集。
 
出典・・句集「猿蓑」。

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