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人間の 類を逐はれて 今日を見る 狙仙が猿の
無下なる清さ
                 明石海人

(にんげんの るいをおわれて きょうをみる そせんが
 さるの むげなるきよさ)

詞書・・癩の診断を受けし日、上野博物館にて。

意味・・癩病と診断されて、人間の仲間から外れた今日で
    ある。もう世間一般の人と同じように、人間らし
    い生活は出来なくなった。考えて見ると祖先は猿
    と同程度の貧しい生活をしていた。猿を見ると、
    何の苦しみも感ぜずに清らかに振舞っている。
    私も猿のように生きるだけの生活になっても清ら
    かに生きたいと覚悟しよう。

    医者に癩病と診断され、家に帰る気力もなくし、
    ふらふらと近くの建物・上野博物館に入った時の
    様子です。そのうち、妻子がいるのだと気を取り
    直し頑張って生きていかねばならない、という気
    持ちになり詠んだ歌です。

 注・・逐はれて=退けられる、追い払われて。
    狙仙が猿=人の祖先が猿である。
    無下=それより下がないこと。身分がいやしい。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。ハン
    セン病を患い岡山県の愛生園で療養。手指の欠損、
    失明、喉に吸気管を付けた状態で歌集「白描」を
    出版。

出典・・歌集「白描」(荒木力著「よみがえる万葉歌人・明
    石海人」)